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空と海の道の上より Ⅵ

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 坂口さんの絵を見て外に出ると運転手さんに声を掛けられる。顔は見覚えがあるがどこで会った人か分からずにいると、岩本寺で体操をしている時に会ったと言われ思い出す。こんな出会いもとても楽しいものです。
 私も藤田さんの描かれたお軸が欲しくなり、お金を渡し、いつでもよいですからとお願いする。
 十一時半、ここで右と左に別れ、私は四十九番浄土寺へ。ずっと続く田園風景を楽しみながらここからは一人。一人で歩くと自然に足が速くなり、急に足の痛さを憶える。十一時五十分、喫茶店でカレーを食べる。
 十二時二十五分、道後八キロと書かれた交差点を渡り石手のほうに。踏切を越えて左へ。車が多くなる。

 十二時四十三分、浄土寺着。本堂で拝み納経を終え、奥様に次への道を尋ねると、
「歩いているというのは貴方ですか。さっき運転手さんがもうすぐ来ますと言っていましたよ」と言われる。前触れをしてくれているようだ。
「歩いているにしては元気ですね。それにきれいですよ。車でずっと来たように見えますよ。
 たいていは男の方なんかドロドロで、見ただけで歩いてきたことが分かりますよ」と言われ、
「昨日全部洗濯しましたから」と答えましたが、どこに行っても歩いているようには見えない、元気だと言われ本当かなと思うけれど嬉しい。でも、この間から左の足が痛くちょっと心配している。

 一時二十分、浄土寺出発。出るところで朝会った団体のお遍路さんにまた会い、擦れ違ってから追いかけてきて千円お接待を下さる。
 一時五十五分、五十番繁多寺着。お宮のところでもたつき、勘違いして公園の方に行きかけてちょっと遅くなる。
 さっきの団体の運転手さんと、リュックからお経の本など出しながら話をする。ずっと歩いていると聞いて驚かれる。
 高知も済んだのかと聞かれ、室戸で泣いた話をすると、運転手さんでも嫌になると言われ、昔の人の大変だった話をする。
 昔は難所で随分行き倒れになり、亡くなった方も多いと聞く。今は車は危ないけれど道はいいし、泊まるところも随分きれいです。その分観光化されすぎているところはちょっと考えものですが。

 二時半、繁多寺発。小高いところから松山市内を眺め、遍路標識に従って住宅街を。
 三時五分、石手川遍路橋を渡る。車の道に出てからは賑やかな通り。
 三時十分、石手寺着。ものすごい人や土産物店に驚く。拝んでいても人、人、人で気が散って拝みにくい。
 一人で雨の中、杖杉庵で衛門三郎のお墓にお参りした時、ずっと遠い先の石手寺にいる自分を想像していた。が、とてもそれを思い出して感傷に浸れるようなところではない。生まれるところと死ぬところの違いか、ここは賑やかで楽しいお寺、私も楽しもう。

 門前の店でどこで宿を尋ねれば良いか聞くと、玉菊荘を紹介してくれる。お遍路さんもよく泊まるとのことに、そこに決める。来てみると小さい旅館だが、あの有名な道後温泉共同浴場のすぐ傍、温泉だからいつでもお風呂には入れますといわれ嬉しくなる。早速お風呂に入り道後温泉本館の前をブラブラ。足が痛くて引きずりながらの見物。
 土曜日なので浴衣がけの人や、観光バス、泊まり客を引こうとするおばさんなど、人がいっぱいでなかなか楽しい。でも、淋しさを感じるのもこんな賑やかなところです。
 人は皆、山の中など、人がいなくて淋しいでしょうと言われるが、町中の一人のほうがよほど淋しい。おかしい話ですが本当です。ふと、中島さんがいたらなと思ってしまう。どんな山の中でも、暗くなりかけ不安になることはあっても淋しさはありません。

 六時、食事を済ませ再び賑やかなところへ。大分思案したのですが本館のお風呂を見学に行く。
 いろいろ休憩すれば値段が高くなり、お風呂だけが一番安い。近くに近代的なお風呂がもう一つあり、迷うがやはり古いほうへ。
 坊ちゃんの間や皇族の入られるお風呂など見学。普通のお風呂にも入ってなかなか楽しかった。
 外に出ると人力車と車夫、マドンナの格好をした人たちがいて、一回千円で人力車に乗せてもらえるそうです。喉が渇いて入った喫茶店の人に「どうですか」と言われ、「恥ずかしいから嫌です」と答える。メニューにも坊ちゃん、マドンナ、赤シャツとありここは坊ちゃん一色です。

 足のスプレー買いました。明日の国民宿舎も予約し、本によると三十キロ足らずなので、今のうちにちょっとぺースを落とし足を直したいと思っています。ちょうど泊まるところの関係で、今日も明日もちょっと楽です。

 今日は雨を覚悟していたのですが、藤田さんのところにいる間にすっかり天気が良くなりもうけものでした。昨日は三坂でリュックの背負い方が上手だとほめられ、今日も藤田さんに笑った目がいいとほめられ、ほめられると馬鹿みたいですがやはり子供のように嬉しいです。思いがけない出会いの楽しい一日でした。
 もう一度お風呂で足を暖め休みます。これで三回目です。今日は夜のうちに手紙を書き上げることが出来ました。

 藤田さんは今は動いていませんが、動き出すとテントを張って野宿ばかりなのに宿の評判や色々なことをよく知っていて、それがまた、私が人から聞いたり、泊まったところの印象とよく合っているので驚きます。雲海さんのことも、もしかしたら善通寺あたりで会えるのではと言われました。この辺ではなかなかの名士のようです。手束妙絹さんという人の遍路の本を見せてもらい、買おうと思っています。前にラジオの人生読本でこの人の話を聞いたことがあります。

 五時過ぎに起きお風呂に入って、今手紙を読み返しています。足少しましになったようです。六時半に食事を頼んでいるので、今から出かける準備をします。もう雨が降り出しました。

 五月二十一日 午前五時四十五分 
道後温泉玉菊荘にて


作品名:空と海の道の上より Ⅵ 作家名:こあみ