空と海の道の上より Ⅳ
五月九日(火)曇りのち晴
今日はもういやというほどよく歩きました。本によるとだいたい四十五キロくらい歩いています。足摺までもう二十キロもありません。
六時三十分に入野を出発、昨日買った靴が二十三・五なのに、履いて歩いてみるとぶかぶかします。かまれるといけないので、昨日まで履いていた靴を手に持って歩いています。
中村までの田舎道を歩いていると左手に電車。急行の時はそうでもないが山の中を一両だけ走ると、小さく見えてまるでおもちゃのようです。
高知は海岸線に近いほど田植えが早く、山に入るほど遅いようです。台風のせいかなと思います。昨日から大きな葉が畑に植えられているのですが何か分からなくて、今朝歩いていて、ふと煙草ではないかと思い聞いてみると、やはり煙草とのこと。この辺には煙草畑がたくさんあります。
八時五分、中村市に入る。昨日会った道路整備の車が擦れ違う時、クラクションを鳴らし手を振ってくれる。
岩本寺で会った若い人が、「歩いている時は何も考えず只歩いているだけ。なんだか座禅をしているような気持ちになる」と言っていましたが、本当にその通りだと思います。歩いている時は、お経や真言を唱えながら何も考えずひたすら歩く。雑念が浮かばないのです。
九時、後川中村大橋を渡る。右のほうに中村の駅と町が見えるが町の中は通らない。昨日入野でお金も出せたし、靴も買えて本当に良かった。でないとまた中村の町に行かねばならず、ちょうど良いようにはからってもらえ喜んでいます。
橋を渡りかけると、
「お遍路さーん」とハアハア言いながら走ってくるおばさん。
「歩くのが速いので、お遍路さんに追いつこうと一生懸命走ってきた」と息を切らしながら、お接待にと千円下さる。わざわざ追いかけてきて下さり本当に勿体無く思う。私は旅館で、明日は下り坂と天気予報で聞いていたので、今日は出来るだけ歩いておこうとだいぶ速足。
道沿いのレストランでちょっと休憩、モーニング。この頃すごくお腹が空くのでパンを買っておこうと思うがなかなか買えるところがなく、トイレ休憩もかねてよくモーニングを食べます。
九時五十分、四万十川渡川大橋を渡る。渡ったところで車のお接待をと止まってくれる。車だと多分一時間位で足摺に着くのではと思う。お断りをして四万十川を眺めながら土手の道を歩く。
奇麗なゆったりした清流。毎日紀の川を見慣れている私にもここは格別の美しさ。こんな美しい川やまわりの景色を眺めながら歩いていると、車だとさっと走ってしまうがゆっくり思いっきり自然を満喫でき、これは歩いている者の特権と嬉しくなる。話には聞いていましたがこれほど美しいとは思っていませんでした。
土手の端の舗装されていないところを歩くと、土の感触が足に柔らかく気持ちが良く、あざみの花や小さな草花がたくさん咲き、目を楽しませてくれる。朝からずっと大手山さんの病気平癒を願いながらお経を唱える。
十一時、十キロ先に「水車」と、昨日宿のおじさんから聞いた店の看板。しばらくは川の美しさを楽しみながら歩いたり、休んでお茶を飲んだり。
十一時四十五分、また一昨日岩本寺で会った彼が車で来て、
「すぐ近くに店があるから一緒にお昼を食べよう」と誘ってくれる。
「もう八百メートルぐらいだから」と先に車で走る。
一緒にうどんを食べながら、お互いの計画の話。私は
「明日は宿坊に泊まらず国民宿舎に泊まるつもり」と言うと、
「あそこはいい、足摺の一番いいところに建っている」と言われ決定。お大師様もそれでいいとおっしゃる。
食事が済んで「また夕方見に行くから」と別れ、国民宿舎に電話。勘違いして明後日と申し込み満員と断られる。どうしようかと歩きかけて、明日だったことに気付き再び電話。予約OK、嬉しくなる。
お昼を過ぎてからまたどんどん山に上っていく。ここも追剥の出そうなところ。上り切ったところが伊豆田峠、一時四十分。それからすぐにトンネル、とても暗い恐いトンネル。トンネルを抜けると土佐清水市。ここからは下りになり、さっき看板で見た水車、二時十五分着。ジュースを飲む。
お昼過ぎ、私が電話をしている間に追い越していった女の人があり、その人にバス停で追いつく。暫く立ち話。
中村から歩いてみたくなりここまで来たが、今日足摺に泊まる予約をしているので間に合いそうもない。それで今からバスに乗る。でも、四万十川を歩いて良かったと話し別れる。歩いているとバス、中から手を振ってくれる。
三時五十分、下の加江、下の加江大橋を渡る。以布利までここから十キロくらいと教えられる。
ここはもう磯の香りがして海。きれいな海岸線を見たと思ったらすぐ山、山に上ったと思ったらまた海。高知は山と海の繰り返し。一日のうちに何度もそんなことがある。目まぐるしいけれど、どこもきれいで飽きがこない。
サイクリングの子供たちが擦れ違うとき挨拶をしてくれる。五時前、また車で岩本寺の彼が様子を見に来てくれる。
「今日は以布利まで無理みたいやで」
「もし無理やったらどこかに泊まるわ」
「間に点々と民宿はあるみたいや。まあ頑張って、お茶や何かいるものは」と気を使ってくれる。
「明日また足摺で会うんやから、何かいらない荷物だけでも積んであげようか」と言ってくれるが、山本さんの話をし、自分の荷物は自分で持つというと笑っている。
「じゃ、また」と別れる。
左に昨日眺めた海岸、正面に足摺、それを見ると元気が出る。
五時二十五分、大岐の浜、足がだんだん疲れてもう限界。でも、大手山さんのことを考えると私も頑張らねばと思う。
しばらく歩くが、以布利までどのくらいかかるか分からずもう泊まりたくなる。宿をキャンセルしてもよいかお大師様に尋ねると、駄目と言われる。何度も尋ね、次に民宿があったら泊まりますと言うと、いいと言われる。
五時五十分、大岐の民宿に声をかける。
「以布利にお願いしているのですが、遠いようならお断りして泊めていただきたいんですが」と聞くと、
「うちも泊まってほしいけれど、もう三キロ位だからお茶でも飲んで休んでいきなさい」と、熱いお茶とお菓子をご馳走になる。
畑で煙草のわき芽を摘んでいるおじさんと話をしたり、気分を変えながら歩く。
六時二十五分、ようやく宿へ。入ってみると親切そうな人で、まるで親戚の人を迎えるように迎えてくれる。
「申し訳ないけれどよっぽど、大岐で泊まろうかと思った」と言うと、
「そうしてくれても良かったのに疲れたでしょう」と早速お風呂を頂く。
夕方獲れたというお刺身でおいしい食事、そして、食べたかったけれど、多過ぎて買えなかった小夏をよばれる。あとからまたおかずを持ってきてくれるが、食べきれない。疲れたけれど、ここまで頑張って本当に良かったと思う。お大師様も笑っておられるような気がする。
夜、しばらく話をする。洗濯物も他にお客様がいないからと奥様が洗ってくださる。
延光寺に行くのに下の加江から入るので、この近くにもう一度泊まらねばならず、都合でもう一日泊めて頂こうと考えています。
作品名:空と海の道の上より Ⅳ 作家名:こあみ