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空と海の道の上より Ⅲ

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 昨日太田さんに、「有本さん、少し体操をしないといけないですよ」と言われたのを思いだし、朝体操をしたのが効いたのか、背中の痛いのが楽になる。疲れて休んだ後、いつも合羽を着せかけてくれたり自分の飲んでいるまむしと朝鮮人参の薬を飲ませてくれたり、と太田さんには大変お世話になった。あの雨の中、下まで下りられたのを考えるとまた申し訳なく思う。昨日のことを思い出すとまた涙が溢れ出す。

 途中、下から二人連れのお遍路さんが歩いてくる。
「お早ようございます」
「お早ようございます」
「貴方ですか、昨日太田さんと一緒に上られたのは。私達は昨日、太田さんと宿が一緒で、今日山から下りてくる網代笠を被った娘さんに会ったら今日は大日寺まで行きます、と伝言を頼まれました。色々聞かして頂きましたよ」と思いがけない言葉。
「貴方達も歩いているのですか」
「私達は大阪から来たのですが、徳島一国を終わり、この度は甲浦に着いて、なまくらなので、昨日の雨でバスに乗りました。今日もここを下りたら、バスで大日寺まで行きます。貴方はあの室戸を歩いたのですか?」と言われるので、
「はい、お大師様に助けて頂きながら」と答えますと、
「本当ですね。私達のようななまくらなお参りでも、時々不思議なことがあるのですよ。行こうと思っていたのに行けなくて、後になって見るとそれがかえって良かったというような。貴方のように難行をしていると、もっと助けて頂けるのですね」と、始めてお大師様との同行二人を信じてくださる方に出会う。とても嬉しい。暫く立ち話のあと別れる。

 いつも思うのだが、お遍路さん同士の出会いと別れは実に淡々としている。この方達も太田さんも、室戸は車で飛ばしたと聞かされ、私は辛かったれどあの道を歩かせて頂いたことに感謝している。金剛頂寺で会ったバスの運転手さんに、あそこはお大師様も大変難儀をされたと聞き余計有難く涙がこぼれそうになった。
 
 道端の防火用水に、「あぶないよ、はいられん」と方言で書かれているのが何ともユーモラス。ハウスとれんげ畑の間を通って国道に出る。
 九時、安芸市に入る。九時四十五分、昨日泊まろうと思って断られた国民宿舎の近くを通る。犬山峠の喫茶店で休憩。宿のことを店の人に尋ねると、手結に国民宿舎もホテルもあると聞きそこまで行こうと決める。
「いつもなら空いていると思うけど今は連休だし予約しとく方が良い」と電話番号を調べてくれる。国民宿舎が駄目なら今日は高くてもホテルに泊まろうと電話をすると予約が取れる。
昨日は自分では分からなかったけれど、行けそうもないところでは断られ、今日のように丁度良いところでは教えてくださる方があり、予約も取れる。何とも不思議です。お蔭でここ迄歩き通すことが出来ました。
 犬山峠を十時十分頃出て、海のほうを眺めると何とも言えない良い景色。湾の向こうに安芸の市内が見える。

 十一時十分、伊尾木川。橋を渡ったところで休憩。山田さんから頂いたみかんを食べながら、自然を眺める。大好きなひと時。バイクの奥さんがわざわざ止まって五百円お接待を下さる。
「大変ですね。何かご病気でも。」
「いえ、何もないんです。ただお参りしたくて。」
「お気をつけてね。」
「有難うございます。」
今ではお接待を頂くのに抵抗がなく、有難く頂いて手を合わせお礼を言っています。いつのまにか人様を拝ませて頂けるようになりました。

 安芸の中心にふるさと童謡トイレというのがあり、トイレに入ると童謡がかかりとても奇麗。気持ちよくついでに顔も洗う。汗で気持ち悪かったのがスッキリする。
町なかを抜けたところで海に出て、昨日金剛頂寺で頂いたおにぎりの残りでお昼ご飯。百六十度位が海で、両端に陸が見える素晴らしい眺め。テトラポットに押し寄せる波の音としぶきがドドッとものすごく、さっきの喫茶店で眺めた海と比べやはりガラス一枚の差を感じる。

 家にいると変化が少なく、同じことの繰り返しで変わりないように思うが、こんな旅に出ると、毎日の移り変わり時間の流れがよく分かり、一か所にとどまらず毎日進んでいくのが、向こうへ向かって一日一日流れ過ぎていくことが、体で実感できる。家での時間の流れも同じことで、変化がないので移り変わっていることがなかなか感じられないが、毎日が死へ向かって歩き続ける一時の仮の住まい、法華経の火宅の家のことが理解できるような気がする。

 安芸といっても歩くと大変広く、九時に入ってから、安芸市を出たのが午後二時三十五分。市の外れでおうどんを食べ、「海風荘まで車で何分くらいですか」と尋ねると、「そう、車で十分くらいすぐそこですよ」、このすぐそこがなかなか当てにならない。
車で十分のところが、着いたのは四時十分、一時間半ほどかかる。
 宿にもう少しというところで後ろから来た人に缶コーヒーを頂き、乾いた喉に気持ち良く元気が出る。
昨日も琵琶畑を見て美味しそうだなと思いながら通っていると、道で売っている女の人が反対側からわざわざ持ってきて下さり、ご飯の食べられない時、美味しく頂きました。お接待には心がこもっているせいか頂くといつも元気が出ます。今日は気分も良く、早く宿にも着け、照らず降らずで楽しい一日でした。辛い日の後は楽しい日を頂き、本当に有難いことです。

 土佐は海と山に挟まれどこも景色が素晴らしく良い。ここも高いところに建っていて窓の向こうに高知の町並が見え、すぐ前は海、夜景もとても奇麗。
 平等寺から日和佐、加島荘とアスファルトが足の裏にこたえ泣かされましたが、ふとテニスシューズの裏の分厚いのに気付き、靴を変えるとだいぶ楽になりました。でも豆が痛くなくなったら関節が痛みだし、なかなか思うようにはいかないものです。

 今日はいよいよ高知市内、よくここ迄歩かせて頂いたものです。時々会う人(バスの運転手さんやお遍路さん)から何日で来のかと聞かれ、答えると、とても早い、どんな足をしてるのかと驚かれますが、これもお大師様のお蔭と感謝しています。
 五月二日 午前六時十分
 手結国民宿舎海風荘にて


 五月二日(火)晴

 七時三十五分、国民宿舎発。
山に少し入り、入り口と出口が違ったので浜に行く道と間違いかける。下から上ってきた石拾いに行っていたというおばさんに会い、自分も帰る道だからと国道のほうに連れて行ってもらう。手結の港を通り、ややこしいところ。
 今日は朝から天気が良くて少々バテ気味。
香我美町、赤岡町を過ぎて野市町に向かう途中、向こうから網代笠を被った托鉢僧がやってくる。私はお杖を持っているので片手で合掌のようにして通り過ぎた。お坊さんも同じように通り過ぎる時お互いに頭を下げました。私はあのお坊様も八十八か所を遍路しているのかなと思いながら歩く。

 少し歩いていると荷物が重く感じられ、一服してお茶を飲みその辺を眺めていると、急に声を掛けられ、見るとさっきのお坊さん。
「ずっと歩いているのですか」
「ええ、貴方もお遍路さんですか」と色々話す。
作品名:空と海の道の上より Ⅲ 作家名:こあみ