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空と海の道の上より Ⅲ

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四月三十日(日)雨

 朝七時十分、金剛頂寺発。
昨夜の太田さんと一緒に行くことになる。
寺の裏から続いている農面道路を二人で話しながら歩く。この道は最近出来た道で、神峰寺へは国道を行くより四キロ程短いとお寺で教えて頂いた。
 太田さんは歩いてお参りしているけれど、話の中でそれ程深い信仰心を持っているようには感じられない。折角歩いてお参りするのだから、ちゃんとお線香もあげお参りするようとか色々話しながら歩く。
「貴方は私よりずっと若いけれど感心だ、年上の私の方が教えられることばかり」と生意気な私の話を素直に聞いて下さる。

 歩いているけれど今までお接待を頂いたのは二回で、車にといってもらったのも一回と、私の話に「女の人は得だな」と言われるが私はそうは思わない。
失敗した話、苦労した話を聞きながら私は自分がやはりお大師様から導いて頂いていることを確信する。ここ迄の私はまるで歯車がピッタリ、本当にピッタリ噛み合うように来ている。恐ろしいくらいに思う。

 農面道路を下りて国道に出ると、今日は疲れているのか歩きながら居眠りが出る。ただ太田さんについて歩くだけ。肩のケンビキのところが、リュックの重みでどうしようもないほど痛くて堪らない。
調子の悪いのが分かるのか、何度も気を使って下さるが、再々休むわけにもいかず自分のぺースになれない。申し訳ないことだが一人だったらとつい思ってしまう。でも一緒だったお蔭で五時に神峰寺に着けた。今日は一人だったらもっと遅くなっていたと思う。

 いつものことながら、雨降りの長歩きは、荷物を降ろせないのが辛い。午前中は居眠りをしながらフラフラついていく状態が続く。
道端に大きな石があり、そこに腰掛けおにぎりを食べる。
お昼からは少し調子が良くなってすっすっと歩けるようになる。休憩の度に太田さんが後ろから合羽を着せてくれ有難く思う。

 午後三時半、安田の町を抜け坂道にかかる。合羽を着ているので体中が汗でビショビショ。息を切らしながら坂を上る横を、お遍路さんを乗せた車が次々と通り、またすぐ下りてくる。今日の上りは体にこたえとても苦しい。だんだんと遅れるので太田さんに先に行ってもらう。
私はここの離れのような所(と聞いている)に泊めて頂くが、太田さんはこの雨の中、唐浜まで行かねばならず、後ろを歩きながら申し訳なく思う。
 太田さんと離れて上るうち、最初は奇麗な景色など眺めていたが、いろんなことが頭に浮かんでだんだん悲しくなり涙が止まらない。

 寺に着き荷物を降ろして、また高い階段を上がって本堂にお参りする。
般若心経、観音経、阿弥陀経などいつものお経を唱えるが寒くてたまらない。ガタガタと体が震える。大師堂でも拝もうとすると、もう拝まずともよいから早く下に下りろ、と言われる。素直に聞いて石段を下りながらお大師様にお経をあげる。

 納経所の横の別棟のところに案内して下さるが、まわりが全部見え参拝客が通るので服を着替えることもできない。急に悲しくなって涙が溢れて止まらない。
「辛抱してくれ、辛抱してくれ」のお大師様の言葉に余計泣けてくる。
 奥様がお茶とお菓子とお寿司を持ってきて下さるが、泣いているので困った様子で、
「熱いお茶を飲んだら暖まりますよ。下に行けば宿もあるのですが、うちは宿坊の用意もないので」とおっしゃる。申し訳なく思うが涙が止まらない。
 ふと気が付いて押入の中で着替え、つけてくれたストーブで暖を取りながら服を乾かしていると気持ちが納まる。
今日はこの調子で、この雨の中とても下まで歩く元気がなく、ここに泊めてもらえ旅が続けられることを有難く思う。
お大師様やこの間山田さんが野宿されたことを思うと、ストーブがあり、蒲団もあり勿体無いことと思うけれどやっぱり辛い。ただお風呂に入って体を暖めたい。
 疲れているせいか何も食べる気にならず、蒲団を敷いて地図を広げ座っていると、奥様がスリッパと懐中電灯を持ってお風呂をいって下さる。このまま寝る積もりだったので、お風呂に入れると思うととても嬉しい。
 お風呂に入っていると子供さんのピアノの音が聞こえ、家を思い出してまた悲しくなる。一人でこんな山の上、それに雨、そのせいかもしれない。

 部屋のすぐ前に電話ボックスがあり家に電話したいと思うが、何も言えず泣けてきそうで掛られない。
これを書きながらも泣いてばかりいる。お風呂に入って体が暖まったのでご飯を頂く。明日はどこかで少し体を休めようと思う。
 土佐はお寺からお寺の距離が長く、間に泊まるところも少なく体にこたえる。車だとあっという間に通り過ぎるところでも歩くと何時間もかかる。
お店ですぐそこと聞いても、当てにならない。車で何分ぐらいとか何キロとか聞いておかないと見当が付かない。山田さんのお口添えで、お寺でもこんなに親切にして頂いて有難く思う。もし国民宿舎がとれていても唐浜からまだ三キロもあり、とても歩いて行けなかったと思う。

 ここから次の大日寺までは四十キロ。本によると約十時間かかり宿坊もなく、次の国分寺にはまた二時間。ここは宿坊があるので、明日は安芸の町で一日休み、国分寺まで行くつもり。

 三時に起きてこれを書いている。雨音がするのですごく雨が降っていると思い、少し離れたところにあるトイレに傘と懐中電灯を持って出てみると、雨の音ではなく、山から流れている水の音、雨はほんの少し降っているだけ。周りは電話ボックスのほかは真っ暗。
今はストーブのある部屋でこれを書いていられることが、どんなに有難いことかと感謝の気持ちでいっぱい。肩の痛みがとれないのでこれから少し体操をしようと思う。
お礼に少しお金を入れて置いていく。
 五月一日 午前四時十五分 二十七番神峰寺にて


 五月一日(月)雨のち曇り

 朝早くに目が覚め、手紙を書いてもまだ時間が余ったので、雨の音を聞き、まわりの木々を眺めながら横になっている。
昨夜は部屋がすべて外から丸見えなのがあんなに悲しかったのに、今は、横になりながら外の景色を眺めることが出来て気分が良い。よく眠れて疲れがとれたせいかもしれない。

 七時。早くから納経所にいらっしゃる奥様に、お礼とお別れのご挨拶に伺う。
「またいらして下さい」の言葉に、思わず、
「はい、今度は車で」と言ってしまった。
「今日はどちらまで」と言われ、
「今日はちょっと体を休めたいし、安芸には泊まるところもたくさんあると聞いていますので、ゆっくりしようかと思っています」と答えると、
「安芸ならすぐそこで、じきに着きますから、もっと先に行っても泊まるところはありますよ。
ご自分の調子を見て、泊まりたいなと思うところで土地の人に聞いて、良いところを見つけられたらどうですか」のお言葉に先に進む気になる。

 七時すぎ、今日は予定が決まっていないのでゆったりした気分で景色を楽しみながら山を下りる。雨が降ったり止んだりなので、何度も合羽を出したり入れたり。
作品名:空と海の道の上より Ⅲ 作家名:こあみ