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空と海の道の上より

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 六時四十五分、出発の時、奥様は、
「山道は間違えることはありませんが、大きな道に出たときは次の入るところを見落とさないよう、お気をつけ下さい」と、間違えやすいところも詳しく親切に教えてくださる。本当に山道は間違えないのですが、ところどころ大きな道に切断された所は間違えやすいので、今日は特に気をつける。
 どこかで休憩したいと思いながらも雨のため、立ち止まるだけであえぎながら歩いていると、七時半ようやく一本杉。大きな杉の前に祠がありお大師様の像が祀られている。小さな小屋があったのでリュックを下ろし、少し雨宿りして休憩。荷物が下ろせてほっとする。十分ほど休憩してまた歩き始める。

 山道は数か所ややこしいところがあって困っていると、二か所では不思議なくらい人がいて教えて頂く。焼山寺迄の間、出会った人はこの二人だけ。
ここは家が数件ある、広い道と山道の混ざりあったところです。もう一か所は自分で考えたが分からず、お大師様に教えて頂く。

 九時二十分焼山寺着。木々に囲まれうっそうとしたお寺。
 十時十五分、家に電話をしてから山を下り、国道に出たところでお昼時分になる。雨が降っているので、お弁当をどこで食べようかと下りながら考え、どこか食堂でもあれば柳水庵で頂いたおむすびと一緒にうどんでも食べようと思っていると、食堂がありうどんとおにぎりで昼食。それからずっと歩き続ける。
今日はなかなかお大師様とお話できず、やっぱり町に出るとお大師様は遠くなるのかな、山の中だとすぐそばにおられるような気がするのにと思いながら黙々と歩く。

 午後四時四十分頃のこと、もうとても疲れてきて、足は痛くなるし、荷物は肩に食い込んでくるし、だらだらと足を引き摺りながら、杖とお接待の缶コーヒー二個(これは道を尋ねたおばあさんが一つ、車の人がわざわざ停めて下さったのが一つ)を持って歩く。
トイレにも行きたいので、店があれば牛乳でも買って、用足しをさせてもらおうと思いながら歩いているのに店は無し。やっと見つけても日曜で休み。大日寺迄あと六キロと立て札にはあるし、こんな状態では一時間半以上かかるなと覚悟を決めていたら、急に「頑張れ、頑張れ」とお大師様が声を掛けて下さる。
それで私も「南無大師遍照金剛」とずっと唱えながら歩いていると、いつの間にか大日寺の前。時計を見ると五時四十五分。

 最後の六キロを疲れた体でこんなに早く歩けたのは本当にお大師様のお蔭。一番苦しいところで、いつも助けて下さるような気がします。一日のうちで何度もお蔭だなと思うことがあります。そして体はきついけれど、心は楽しくとても嬉しい気分です。
人様から見ると難行のように見えるかも知れませんが、私には心弾むことばかりです。今日は、お大師様は山の中でしか教えて下さらないと思っていたのに、本当に苦しい時には現われて下さったので、何とも言えない気持ちです。
「山のほうが身近に感じますが」と尋ねますと,
「山より町のほうが雑念が入りやすいのでそう思うのだろう、どこでも一緒だ」と教えてくれます。

 本堂でゆっくり色々なお経をあげ、六時三十分宿坊に入る。靴、靴下から下着までびしょ濡れ。すぐお風呂に入り、食事、そして洗濯もさせてもらえた。ここはまるで旅館のように奇麗な宿坊です。ただ、今までと比べると部屋が狭く、三畳の小さな部屋に机と衣紋掛けがあるだけ。蒲団を敷いて洗濯物を干し、机を勝手の良いように置くともういっぱい。でも個室なので有り難い。

 食事の後、洗濯をしながら明代さん(妹)と由美ちゃん(吉宏の嫁)に電話して、明日の準備をしたらもう九時半。本で見ると一日で三十八キロ歩いています。
柳水庵から焼山寺、そして麓の手前の山道までは楽でしたが、そこから大日寺迄は雨も降るし本当に長く苦しかった。
 今、時計を見ると十一時半です。さっきトイレに行って見ると、顔が少しむくんでいるようですし、背中も痛く、食事もおかずは頂きましたが、ご飯は食べられませんでした。それで今考えたのですが、明日は余り無理をしないようにします。先が長いので途中へばらないよう、所々休みながら行きたいと思います。

 でもお大師様始め、諸仏諸菩薩に守って頂いておりますので、あまり心配しないで下さい。明代さんも無事を祈って拝んでくれると言っていました。
 もう限界です。読み返す気力がありません、誤字誤文があったら御免なさい。

    四月二十三日 十一時二十七分
 大日寺にて


 四月二十四日(月)雨

 今日午前中に五か寺お参りをする。
朝一番に十四番常楽寺に着くと、お寺にはどなたもおられず心ゆくまでお経をあげる。ここまでは雨が降っていなかったのですが、降り出した為また濡れた靴に履き替え雨支度をする。

 どのお寺に行っても必ずあげるのは開経偈、懺悔文、心経二巻、観音経、阿弥陀経、そして時間があったり一日の最後のお寺の時は、その他好きなお経を上げています。そして、有本家、三好家、近藤家、河西家、大江家各先祖代々、槇野ノブヱ、恭覚浄敬信士、抜苦与楽の為にと御本尊様の前でお願いし、お大師様の前では開経偈、懺悔文、心経とあげています。他には何のお願いもしていません。

 雨の中こんな格好で歩いていますと、今日は特に徳島の町中だった為だと思うのですが、通りすがりの人が時々、「何でこんなお参りしているの?男に逃げられたの?病気のため?何があるの?きっと何かあるのだろう」と声をかけてきます。首を横に振りながら笑えてしまいます。でも本当にそんなことでなく、ただただ信仰の為だけにお参りできることを有難く思っています。

 今朝顔を洗っていると、高知から来たご夫婦とその連れのお遍路さんと一緒になる。
この方達は昨夜食事の時隣になり、大日寺の近くで私が一人で歩いているのを見かけたとかで、ご主人がビールを勧めて下さった。
私は一日歩き続けてその上お風呂に入った後なので、
「喉から手の出るほど欲しいのですが、今度のお参りが終わるまでは飲まないつもりです」とお断りしました。そんなことから焼山寺から大日寺迄のことを少しお話ししたのです。
今朝も洗面所で挨拶したところ、思いもかけず奥様が、
「これからあと高知に参られましょう。高知市内にはたくさんお寺があり、必ずどこかに泊まらねばなりません。私は貴方に善根宿をしたいからぜひ、家に来て泊まって下さい」と電話番号と名前を教えて下さる。余りに勿体無いことで涙が出そうになりました。
 高知に行った時、本当に泊めて頂くかどうかはまだ分かりませんが、私にはお大師様が高知までの長い道のりに楽しみを与えて下さったような気がしてなりません。その先、松山の後には石鎚神社に行ける楽しみもありますし、本当に有難いことに思えます。

 今朝も私が間違った道を行こうと考えていると、ちょうど良い時に近い遍路道を教えてもらえたこととか、書き出せばきりがない程ありました。お大師様が導いてくださっているとしか思えないことばかりです。
作品名:空と海の道の上より 作家名:こあみ