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空と海の道の上より

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始めは日が照って暑く、それから丁度良い曇り。最初の二十分位はすごい上り。暫く行くと見晴らしの良いところに出る。下を流れる四国三郎の素晴らしい景色を眺めながら、私が雨の中を歩いているのを見て、お遍路さんが門前で買って下さった、お接待のふかしいもと冷たいお茶で休憩。おいしかった!
頂いた時は実際のところ、どんなにして持っていこうかと思案をしたのですが、でも折角のご厚意、有難いと杖を持つ手に持っていたのです。本当に勿体無いことです。
 再び上り始める。十二時半、雨が降り出したところで、長戸庵という小さなお堂に着く。そこでお昼を頂いて、熱いお茶を飲む。雨と汗で少し寒くなっていたので熱いのがおいしい。ここは腰を痛めた旅人にお大師様が現われて治して下さり、それで建てられたといういわれのお堂です。

 午後一時三十分、長戸庵から二キロ柳水庵迄あと一・二キロという標識から、少し行ったところで道に迷う。大きな道をつけるため山道が寸断されており、山道を歩き、大きな道に出たりまた山道に入ったりの繰り返しで、笠を被り下を向いて歩いていたので、山道に入るところを見落としてしまったらしい。大きな道だったので安心して歩いていると、急に道らしい道がなくなり、つまりになってしまった。それでも、これは痛んだ道なのかと少し変に思いながらも這いながら五十メートルばかり進む。と急に、
「この中は違う、戻れ、戻れ」と口をついて声が出ました。
「もう少し戻れ」と言われ、広い道まで出て二百メートルほど戻ると、山道が斜め上についていて標識もありました。
「おお、これだ、これだ」と言われ、もったいなく涙があふれて、その場で手を合わせ「南無大師遍照金剛」と何度も唱えました。
 それからは、お大師様が色々と話をして下さいました。なぜお大師様と分かるかと言いますと、私が、
「お大師様ですか」と尋ねますと、
「そうじゃ、わしは高祖弘法大師じゃ」と言われたからです。
 同行二人とは単なる言葉ではなく本当のことです。今日、初めて実感しました。誰が言われたのかは分かりませんが、昔の人は本当の言葉を残していると思います。

 そこから柳水庵迄の間は、ずっとお大師様と話しながら歩きました。こんなことは初めてです。今までも、一人で歩いて淋しいと思ったことはありませんでしたが、お大師様と話しながら歩くというのは、何といったらよいのか、言葉では表現できない不思議な気持ちで夢のような気がします。そして、
「今日は柳水庵に泊まるが良い」と言われます。
 午後二時二十分、柳水庵着。お大師様が言われますのでそのつもりでしたが、朝のこともあり、断られたらどうしようと恐る恐る尋ねますと、
「朝の電話の方ですね。お天気だったら先に進むように言うのですが、この雨ではね。どうぞお上がりください」と言って下さりほっとする。

 ここは山の中の一軒家、六十歳前後のとても感じの良いご夫婦がいます。
今日の泊まりはここも私一人で、昨日はどなたか泊まったそうですが、広い八畳の部屋にひとりです。
部屋は障子を隔てて縁側、その向こうは道と庭が一緒になり、雨の音と、時折聞こえる鶯の鳴き声のほかは何もなく、電話や電気があるのが不思議な気がします。奥様の話では、すぐ近くに道があり車でも来られるとのこと。それで一度泊まって良かったので、また車で来られる方もあるとのことです。

 四時過ぎ、これを書いている途中でお風呂を言って下さり、入ると、五衛門風呂で、寒かった体が芯まで暖まりました。
五時ごろに食事が出ましたが、これがまたご馳走で、牛蒡と人参とあげと干瓢の煮物、いかの胡麻味噌和え、ハンバーグと鰯の天ぷらにそえもののキャベツ、プチトマト、イチゴ、わかめの味噌汁、塩昆布、それに食後のデザートにバナナとみかんまでついていて、とてもおいしく頂きました。ここに泊めて頂いて、どんな贅沢なホテルよりも素晴らしい思いをしています。言葉では月並みになってしまいますが、何ともいえない気持ちです。
 焼山寺は阿波最大の難所と言われますが、昨日一昨日のほうがしんどい思いをしました。アスファルトの道よりも、こんな山道を歩くほうが私の性にあっているようです。今日はいろんな意味で本当に有り難い、勿体無い一日でした。
 夜、寝る前に拝んでいますと、お大師様が体中をさすってお加持をして下さいます。寝付きが悪くなかなか眠れませんが、朝になるとまた元気に歩けます。
 
歩きながらいろんなことを思います。宗弘ちゃん(五人兄弟の一番上の兄、私は二番目)が教えてくれた風呂敷を敷いて拝むこと、吉宏さん(すぐ下の弟)が教えてくれた宿の予約の仕方、良孝ちゃん(弟)の教えてくれたリュックを掛ける時タオルを挟むこと、皆が教えてくれたことが一つ一つとても役立ち、有難く思っています。
時には何も考えず黙々と、時にはお経を唱えながら、そして時には考えながら、良い経験をさせてもらっています。

 歩くことは人生そのもののような気がします。ただ下を向いて黙々と歩くだけでは、どこに行ってしまうか分かりません。時には立ち止まり、上を見上げ、標識を見たり人に尋ねたりしながら、間違えないよう先を見定めてまた歩く。本当に人生と同じような気がします。歩くことは素晴らしいと思っていましたが、一人で歩くことがこんなにも素晴らしい事とは思ってもみませんでした。私が考えていたよりも、百倍も千倍も素晴らしいことです。本当に思いも掛けないことでした。皆様に心から感謝します。

 ここについてすぐに書き始め、お風呂と食事を取っただけでずっと書き続けて今、八時半です。もう葉書がないのでこのくらいにします。侑司、玲子、洵子(宗弘の子供たち)にもよろしく。今日はゆっくり手紙が書けて嬉しく思います。電話しようと思っていたのですが、ここは公衆電話がなくて掛けられません。ごめんなさい。
    四月二十二日 午後九時 柳水庵にて


 四月二十三日(日)雨

 今朝は鶯の声を聞きながら朝食。でも雨足が強い。
 ここの奥様は無駄なことは喋らない、とても感じの良い、何ともいえない良いお顔をした方です。行き届いた温かいもてなしが嬉しくて、別に志をと思い、夜用意をする。朝、お勘定の後のし袋に入れてお渡しすると、
「そんなお気遣いなさらずとも結構です。貴方もまだまだたくさん入りなさいますのに。」と奥様が言われたので、
「それなら仏様にお供えしておいてください。」と私がお願いすると(家の隣に仏様がいくつも横に並んでお祀りしてある)、
「そうですか。ここにお祭りしてあるのはお地蔵様ですので、では、お地蔵様にお供えさせていただきます。」と言われたので、私はビックリ。
 そしてお供えしながら、
「信仰なさる方は一つ仏様を持っていると言いますけれど、貴方はどなたを信仰なさっていますか。私はお地蔵様にお願いしているのですよ」と言われたのにはまたビックリ。お大師様とばかり思っていたのに、お祀りしているのがお地蔵様だったばかりでなく、奥様もお地蔵様を信仰なさっていると聞き、泊めて頂けたのはお地蔵様のお蔭もあったと、改めてお大師様だけでなく、諸仏諸菩薩も私を導いて下さっているのを感じ勿体無く思いました。
作品名:空と海の道の上より 作家名:こあみ