端数報告5
白いクルマのブラックジャック
画像:最初の脅迫状
また前回のおさらいからだが、グリ森事件の犯人達は最初の誘拐の脅迫状に、この画の枠で囲ったように、
《現金と金は 白か アイボリイの ライトバンに のせて》
《現金や 金や 車には ぜったい さいくするな》
と書いていたという話をした。十億プラス金塊をそのクルマごと持っていく計画だったということで、ウィキにあるように「運搬は困難」と言っても別に「極めて困難」とか「不可能」というわけではない。ミゾロギなんとやらがこれに「極めて」を付けているのはこの男が何かで読んだ同じ論に何も考えず勝手な付け足しをしているだけなのだ、と。そのうえで、たぶんそのネタ元にも、
《合同捜査本部ではどこまで犯人グループが本気で要求していたのかいぶかる声もあったが》
などと書いてあったのを省いて、
《犯行動機は身代金目的ではなく、怨恨なのでは? という見方もされた》
ということにしている。それが、
画像:溝呂木大祐プロフィール 未解決事の戦後史表紙
このような人間のやり口なのだと。
「運搬は困難」イコール「怨恨説の根拠」にはならない。ライトバンごといただいてくならとりあえず、身代金を持ち去るのは難なく可能だ。可能だが、そんなのやっぱり間が抜けている。札を撮ったり薬品を塗ったりしていた刑事らは、その作業をやらされながら、
「これ、本気で要求してんのかいな。タチの悪いイタズラちゃうの?」
と言っていたのが実際のところじゃないか。というのがおれの考えで、だから、
「本気やとしたらなんやろう。白かアイボリーってことは色でも塗る気なんかな」
「無理やよ。窓やワイパーとか覆うのごっつ時間かかるで。ムラなくきれいに塗るんは容易なこっちゃないで」
「せやなあ。すっと、なんか貼るんか。ナントカとうふ店とか」
「そんな程度のこって。かえって見た途端、『あやし』思うことなるだけやろう」
などと話していたのじゃないか。結局、犯人は受け渡し場所に来なかった。おまけに人質は自力脱出。とくれば普通は、
「アホらし。やっぱりイタズラだったんちゃうの?」
となりそうなもので、マスコミと警察内部の偉方ばかりが「怨恨、怨恨」と叫んでいた。これがグリコの旧悪に絡む事件なら、暴き出せれば大手柄にできるからだ。
が、実際は〈彼ら〉、ブラック・ジャック達は受け渡し場所に「行かなかった」のでなく遠くで見ていた。そうして、
「おー、いるいる。あれ、刑事やで。見え見えやん」
「うわははは! あんクルマん中、ほんまに金塊入っとんのかな」
「まっさかあ」
などと言って笑っていた。十億プラス金塊なんて用意できるとも考えておらず、後でほんとに積んでいたと知って、
「え――っ!?」
と驚いている。この時点ではすべてがまったくのイタズラなのだ。
それがおれの読みというのは再三書いてきたけど、しかしここは見方を変えて、〈彼ら〉が本気で十億プラス金塊を「用意できる」と知って要求したものとしよう。その運搬は困難だが、クルマごといただけばいいだけのことだ。脅迫状にはだからそう書く。色は白かアイボリー。
受け渡し場は30人の刑事に囲まれるだろうが、AKが何挺かあればいい。ダダダとやって制圧し、そいつらが持ってた手錠で拘束する。十億プラス金塊をいただこうというのだから、発信機など仕掛けてあっても見つける用意は整えている。札の番号を控えられたり薬品を塗られていても問題ない。
でもってその場を離れてから少ししたところでクルマを止めて、〈化粧道具〉を取り出すのだ。クルマの前後と下半分を簡単にマスキングして黒スプレーを吹き付け、《大阪府警》のシールを貼る。屋根にパトランプを載せれば「あれは警察のクルマだ」と見紛うクルマの一丁上がり。
画像:パトカー1 パトカー2
警察車両の白黒ツートンに「こう塗らなければいけない」という細かく明確な決まりはなく、いくつかのポイントを押さえればいいようだ。黒はムラが目立たないし、ウインカーなどはガムを頑張ってたくさん噛んだもんでもくっつけりゃマスキングになるだろう。ちょっとくらい余計なところが黒くなってもかまわない。夜の間だけ警察の目を欺ければいいのだ。翌日、京都府との境で捨てられた偽装車両が見つかり、
「まさか!」
ということになる。
一読すると間抜けな文章の羅列に見える脅迫状は、警察を油断させる罠だった。〈彼ら〉は【白のライトバン】という項目さえ守られればよかったのだ――なんてことを想像するのがおれはたのしくてたまらない人間なのだが、おかげで、こんなに書いたのに、最初の脅迫状から話が全然進んでない! どうしたもんかな、まったく。ええと、この事件は、おれが中学を卒業して高校に上がるところで起きた。春休みの間、テレビの『二時のワイドショー』とか『三時のあなた』といった番組はこれを連日取り上げて、うちの母さんは食いついて見ていたようでもあったけど、おれはまったく関心持たずに『装甲騎兵ボトムズ』の〈ストライクドッグ〉のプラモを作っていた。だから知らんが、テレビはなんでもかんでもを怨恨説の根拠にし、
「創業者の江崎利一は生前何か途轍もなく悪いことをやっていますね」
と言ってたのだろう。そして警察も、グリコ内部にマトを絞った捜査をしていた。
《けいさつにも 会社にも 電電公社にも ナカマがいる》
は途中の6文字を省いて読まれる。不可解だ! 彼らはどうしてこのようなことを手紙に書いてきたのでしょうか。これは警察とグリコの内部に仲間がいるという以外考えることができません。警察もまたそのように考え、警察庁の内部監査室が兵庫と大阪の警察本部を調べに動き出したという関係者からの確かな話が……。
「お前らアホかあ――っ!
人数たくさんおって何してるねん!!」
という。事件は〈彼ら〉の思惑とまったく違った注目のされ方をしてしまった。〈彼ら〉はこのとき6千万円の脅迫をしていたけれど、どうやら江崎勝久のまわりのもんまで、将棋なんか指しながら、
「社長、もしや本当に、会社の中にネクサス6が紛れ込んでるのかもしれません。ここまで大きくなるまでに、いろんなことがありましたからね。この本社の社屋はともかく、まわりに建ってるあのビルとかあのビルなんて、これでよく倒れないなと思うようなもんですよ。だからレプリがいるとしたら、あっちのビルかこっちのビルか……あ、王手です」
なんてことを話していたりするんじゃないのか。だから、
「ならばその一派をぜひとも見つけなければならない」
という話になって裏取引に応じることがなくなってしまう……。
それでは困る、という考えから、一連の事件の中でも有名な、
画像:キツネ目86−87ページ
アフェリエイト:キツネ目
この手紙が書かれている、というのがおれの新たな読みだ。しかしいったんレールを外れた列車の迷走は止められなかった。ますます警察とグリコの内部に仲間がいるのは間違いない、という解釈がされるだけだった。
そして『キツネ目』の著者もまた、