天才少女の巡り合わせ
天才少女と言ってもまだ幼い女の子、アイドル志望の女の子であるならまだしも、テレビに出ることを嬉しいとも何とも思わない女の子には、苦痛でしかなかった。
天才少女と言われることが自分にとっていいことなのか悪いことなのかも分からない。そんな女の子が、一度おだてられて、分からないまま掛けられた梯子に上っていくと、降りる段になってから、その梯子を外された。そしておりたいと思っても、下からは、ウソつき呼ばわりされて、降りることさえ許されない。
そんな状況に追い込まれたら、まだ幼い女の子はどうすればいいのだろう?
幸いにも何も感じることのないうちに、世間は忘れて行った。まわりはあやれやれとばかりに何事もなかったように振る舞っている。しかし、何も感じなかったと言いながらも、彼女にとって、しっかりとトラウマになった。精神的に不安定になり、神経内科に通うことになった。そんな時でも、家族やまわりの人は、
「どうしたのかしら?」
とその理由が分かり切っているはずなのに、誰も分かっていない。
本当に分かっていないのか、分からないふりをしているのか、果たしてどっちなんだろう?
その少女の名前は吉谷綾子という。今では高校二年生になって、普通の高校生活を送っている。世間では、もう彼女のことぉ覚えている人はいないだろう。自分のことを覚えている人がいないということがこんなにいいことだと思っている綾子は、それが普通の感覚だと思っている。
もちろん、クラスメイトも昔のことを知っている人は誰もいない。あれから何年が経ったというのか、世間というのは、忘れ去るのはとにかく早いのである。
小学生のあの悪夢の頃から、綾子の頭の中には、
「とにかく目立たないこと」
というのが、ポリシーになっていた。
目立ったとしても、ロクなことはない。その一瞬だけのために、その後の人生を棒に振ることだってあるということを身に染みて分かっている人間は自分だけしかいないと思っている。大げさではあるが、決して無理なことを言っているわけではないということを分かってくれる人がいないのもそれはそれでいいことだった。
中学生になると、あんな経験をした綾子だったが、他の人と同じように思春期を迎える。男子を意識することもあったが、決して好きになることはなかった。人を好きになるということは、その人と関わるということであり、人と関わることはしたくないという思いに逆らうことになる。それは自分の死を意味するとまで思っているので、却って意識しすぎた方が無意識よりマシだなどと感じるほど、精神的にまだおかしなところがあったようだ。
ただ、小学生学生時代の能力、これだけは衰えているわけではない。綾子には予感めいたものがあった。特に、「悪い予感」は当たるもので、何かが起こる時が分かるのだった。
それでも、それを人に忠告することはしない。下手に忠告してそれが当たってしまうと、また騒がれるかも知れない。もう同じ思いはしたくはない。さらに、逆もありうる。まるで中世の魔女のように気持ち悪がられて。まわりから受ける「魔女狩り」のような差別や偏見は、それこそ中世においての「魔女狩り」そのものと言えるのではないだろうか。
小学生の頃は、それでも罪悪感のようなものあり、教えてあげないことへの自己嫌悪があった。
しかし、世間からつまはじきにされた自分を、誰も助けてはくれなかった世間を思うと、どうして自分がこんな気持ちにならなければいけないのか、これほど理不尽なことはないだろう。
中学生になって、思春期になると、その気持ちが次第にスーッと消えていくのを感じた。それが汚い大人になっているからだということには気づかない。
いや、これまでの自分の苦悩を思えば、それでも生易しい気分である、
そんな中学時代になって、やっと人と関わらない術を手中にできたような気がした。小学生の頃にあった罪悪感や自己嫌悪は人に対して感じることはなくなった。自分だけのために普通に使えるようになったのだ、
その思いは家族に対しても同じだった。
元々テレビに出るようになったのも、母親が娘の力に気付いたことで、娘のためではなく、自分の得のために娘を利用したのだ。目的がお金のためだったのか、目立ちたいという気持ちだったのか、名誉欲だったのかは分からない。だが、自分にない能力を娘が持っているというだけで娘を利用するというのは、いかがなものであろう。
中学時代までは分からなかったが、思春期を通り超えると、次第に分かってくるようになった。やはり、親と言えども信用などしてはいけないのだ。
特に彼女の親は子供を自分の道具としてしか思っていない。
「私がお腹を痛めて生んだ子よ。私がどう利用しようたって、文句ないでしょう?」
とでも言わんばかりであった。
そんな綾子だったが、あれは中学三年生の頃だっただろうか、一度この能力を使ったことがあった。
あれは、三年生になってすぐの頃だったか、学校からの帰宅途中、公園で一人のおばあさんがベンチでがっくりとうな垂れていた。
いい忘れていたが、綾子は雰囲気を見ただけで、その人が何に困っているか分かるほどの能力を持っていた。
「どうしたんですか?」
と聞いてみた。
たぶん、お金を失くして困っている。しかも、小銭ではなく、何百万という大金ではないだろうか?
今にも自殺でもしかねないそんな雰囲気は、きっとまわりからも、相当バカにされたのかも知れない。自分もまわりから散々ひどい目に遭っているので、同じ気持ちの相手は見ただけで分かるというものだ。この能力は生まれつきではなく、今までの酷い目に遭った環境から養われたものに違いない。
「じゃあ、私も探してあげmしょう」
と言って、おばあさんの様子を見てみた。
綾子は様子を見ていると相手の気持ちも少し分かってくるようだ。この能力はそこまでハッキリとしたものではないだけに、自分以外の皆も持っている普通のものだと思っていた。
実際に人の心が分かるというのは、特殊能力もその一つであろうが、それ以前に相手のことを思いやれる力があるからで、彼女の感じているように決して特殊な能力ではニアのかも逸れない。
それは、彼女が、
「優しい心の持ち主」
ということであり、普通の女の子のいい部分もキチンと持っているということを表していた。
おばあさんが綾子を見る目は親が自分を見る目とは全然違っていた。その目の中にはまったく人間のエゴも、損得勘定を見る目のない、ただ、一生懸命になって探してくれようとしている綾子に感謝する気持ち以外の何物もなかったのだ。
――こんな人がいるなんて――
今まで、特にウソつき呼ばわりされたあの時から、
「人間というのは、エゴの塊りであり、損得勘定しか頭の中にはないんだ」
と思い込んでいたのだ、
だから、あれから人の心を読むのは必然のこととなり、そのうちに無意識に読むようになっていた。そしてその感情は自分だけでなく、相手も同じことをしていると思っていた。実際に相手の視線を見ると、明らかにこちらの様子を見図っているいるのが見て分かるからだった。
作品名:天才少女の巡り合わせ 作家名:森本晃次