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貴方と私の獄中結婚

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06



あんたは一度無期懲役で喰らい込み、さらに仮出所取り消しにあった。どういうことかわかるよね。と、四番目の〈妻〉は〈夫〉を迎えた夜に言ったという。その日、夫は前の三人にしたように、新妻をタップリ一時間ほどかけて殴る蹴るしてやる気でいた。物事は最初が肝心だ。どちらが主人かハッキリ体に教え込ませる必要がある――しかし教え込まされたのは、今度は夫の方だった。

妻は一発張り飛ばされた途端に言った。そんなもん効きゃあしないよヘナヘナ野郎、もういっぺんやったらタダじゃおかないからね。もちろん夫はもう一発やってやり、そしてほんとにタダでおいてはもらえなかった。小一時間タップリかけてボコボコにされ、告げられたのが初めに挙げたセリフである。

どういうことかわかるよね。次に何かやらかしたら、今度は五年やそこらじゃ済まない。十年喰らうか二十年か、『ウンここまで老いぶれたならダイジョーブ』とムショの役人が見極めるまでブチ込まれる。出るときゃ足腰ヨレヨレだ。あたしよりあんたの方がよく知ってんだろ。

夫はよく知っていた。

そういうことだけよく知っていた。他に知ってることがなかった。茶の淹れ方も知らなかったから電気ポットに茶葉を直接、缶の中身をまるごと全部ブチ込んで、妻に湯呑みを投げつけられた。

そして言われた。あーあ、あんたには失望したわ。ちょっとはマシな男かと思っていたけどまるっきりのグズじゃないの。何よ、なんか文句があんの。あんたが娑婆にいられんのもあたしのおかげなんだからね。言っとくけどもしあたしに逆らったらすぐムショに突っ返すからね。わかったらわかりましたと言いなさい。

夫は『わかりました』と応えた。

わからないのは、妻がどうして自分と結婚したかである。間違ってもひとりに尽くす女じゃなかった。カネが好きな女だった。勤めはキャバクラ。他さまざまなカネになるバイト。好きなタイプはお金持ち――とは言っても、その割に、カネを持たない男ばかりを選ぶきらいはあったようだが。

この夫と〈結婚〉していた死ぬまでのごく短い間にも、他に文無しの男ばかり何人もと関係していた。南米のどこかの国からやって来たどこの誰ともわからなんべえな男とか。麻雀プロを自称してるが相手が勝ったり自分が負けたりしてる男とか。駅前でギターを弾いて『ボクはキミが好き〜』などと歌っているが自分が音痴と知らないでいる男とか。

彼らはみんな言ってたという。『これは仮の姿みたいなもんよ、オレって実は事業やってて年収五億あんだよね』とか――彼女が好きな男性のタイプは、そういう種類のお金持ちだったのだ。

いずれにしても、牢屋男と遠距離恋愛などするような女ではない。ではなぜ彼女は獄中結婚など考えたのか? 夫の問いに、妻は応えた。そんなのは一時(いっとき)の気の迷いに決まってんじゃないのよこのカタログ通信販売。あたしはあんたの実物見てガックリきたのよ。あたしはもっと素敵な人を想像してたの。五億や十億ポーンと稼いでくれる人だと思ってたの。それが、何? なんでそんなに禿げてんの? なんでそんなに腹が出てんの。なんでそんなに足短いの。なんでそんなにチビなのよ。なんでそんな変なところにそんなでっかいホクロがあるの。なんでそこまでブサイク面であたしと結婚しようとしたのよ。

おまけに、歳は五十歳! ああ? なあにい? 刑務所に合計三十年も入っていれば五十歳で当たり前? あたしは『その三十年をなんで有効に使わなかった』と聞いてんのよ!

ねえ、なんか取り柄はないの? 南米にコーヒー園を百も持ってて黒人を奴隷にしてるとか。中国に自分しか知らない鉱山があってダイヤがザクザク採れるとか。ビバリーヒルズに豪邸持っててアメリカで売れてる曲は全部自分が書いちゃってるとか。男ならそれくらいなきゃしょうがないじゃん。

夫にそうした取り柄はなかった。

だから働く気もなかった。確かに妻の言う通り、男はそれくらいでなければならない。月に一億にもならないのなら働いてもしょうがない――などとは決して考えても、口に出してはいけなかった。妻はすぐさま警察と保護観察所と家庭裁判所と保護司と市役所と保健所と精神病院と、さらに結婚相談所と、消防署とリサイクルショップと廃棄物処理センターにまで電話して、『要らないからこの人間のクズをどこかに持っていってくれ』と訴えた。こんなのはサッサと吊るしてコマ切って豚のエサでも混ぜちゃやいいのよ。こいつが息をするたんびにシーオーツーが温暖化でやがて人類は滅亡すんのよ。そうなる前に殺っちまうのが正義じゃないの。

夫は道の真ん中で大勢の人に取り巻かれ、妻に蹴られ小突かれながら土下座して、『心を入れ替えマジメに働きます』と誓った。

そしてほどなく、この夫が勤めに出る日がやってきた。その朝、妻はひと月分の小遣いを夫に与えて送り出した。夫はそれを一日で使い、翌朝に、今日の分をくれとねだった。妻は夫を冷たい目で睨みつけ、あなたは月に十五万の稼ぎしか予定されていないのに、日に三万の小遣いを取るのかと聞いた。夫はこれではいくらなんでも少な過ぎる、せめて五万円は欲しいと、特に考えることなく応えた。

そうして妻の夫に対する過重暴行事件が起こるわけなのだが、民事として扱われ、刑事事件とはされていない。でもやっぱり警察がこのとき介入するべきだったかもしれない。そうしておけば、後に起こる殺人事件――そう、いわゆる〈○町獄中結婚妻殺し〉は防げたかもしれないのだから。

妻は叫んだ。この穀潰し、カイショなし、バカアホ間抜け、チンドン屋! 豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ。あんたなんかこの世に生きてる価値はないんだ、すぐ首吊って死にやがれえええっ! 悔しかったら悪いことでもなんでもやって稼いできてよ、悪人でしょ! 強盗でもなんでもやって稼いできてよおっ!

夫は強盗やって稼ぐことにした。

それも強盗殺人だ。稼いだカネを妻にくれてやることなどない。また捕まればずっと娑婆に出られないなら死刑とそう変わらない。ならば殺してカネを奪うのが事は簡単というものだ。

標的は目の前にいた。カードの時代に現金を何十万も持ってる者は世間にそう多くない。妻はその例外だった。

――と、夫はそのように、論理的かつ合理的に考えた。だが本当に理に長けた人間ならば、考えても実行に移しはしなかっただろう。やれば警察に捕まっちゃうに決まってる。それをスッカリ忘れていたが、捕まったとき刑事に言った。俺は女房を絞め殺してなんかいませんよ。どこに証拠があるんです?

刑事は言った。『絞め殺した』なんておれは一言も言わねえぞ。なんでお前がそれ知ってんだ?



作品名:貴方と私の獄中結婚 作家名:島田信之