貴方と私の獄中結婚
01
おれの店に来るってことは、酒を飲みに来るってことだ。けれどもこの客は違った。だからおれはコーヒーを出した。インスタントのごく安いやつだ。カップはふたつもなかったから、ホットカクテル用の把手付きグラスを棚の奥から引っ張り出した。これまで店の客の中にこのグラスで酒を飲んだのはひとりもいない。なんでも用意しておくもんだ。
「いい店だね」
「ありがとうございます」
「本当はもっと前に来たかったんだが。それに客で来たんじゃなくて申し訳ない」
「いいえ……こちらこそ、挨拶にも伺いませんで」
目の前にいるこの男と最初に会ったのは七年前だ。当時のおれの仕事などまっとうなものと認めてなかった。あの頃とはずいぶん見かけも違っている。それでもやっぱり安酒場には似合わない。
だがそれよりも気になるのは横に並んでいる女だ。若く、そして美しかった。まさか愛人じゃないだろう。ならここには連れてこない。
「この人を連れてきたのには理由があるんだ」男は言った。「〈〇町獄中結婚妻殺し事件〉というのを知ってるかい?」
「ぐ」コーヒーを吹き出しかけた。「凄え名前だな。なんですかそれ?」
「九年前の事件なんだが」
「そんな名前の、一度聞いたら忘れないと思いますよ。ぼくら何か係わり合いになりましたっけ」
「いいや、事件が事件だからね。殺された女の親も『いつか娘はこうなるだろうと思ってました』と一言言っただけだったらしい」
「じゃあ、全然出る幕はない」
「マスコミもB級扱いだったしね。ワイドショーがおもしろがって取り上げたくらいで、てんで大きくは出なかった」
「なら、やっぱり知らないと思うな」
「うん。わたしも知らなかった」
それを先に言えよ。「その事件がなんなんです?」
「まあちょっと待て。犯人はすぐ捕まってね。裁判も割にアッサリ片付いたらしい。そいつは前に人殺しで無期懲役を受けていて、だから死刑は免れようもなかったんだ。確定しちゃって、今は拘置所の中にいる」
店の外を賑やかに過ぎる声が聞こえてくる。小学生が家に帰る時間らしい。
「それでだね」と男は隣を示し、「この人は結婚してるんだ」
「はあ、それは」
羨ましいやつがいるもんだ、と一瞬思ってから、おれはその果報者が誰なのかに思い至って面食らった。
「なんですって?」
「だから結婚してるんだよ。その犯人と獄中でね。彼女は獄中結婚妻殺しで死刑を待ってる男と獄中結婚の妻なんだ」