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貴方と私の獄中結婚

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おれの店に来るってことは、酒を飲みに来るってことだ。けれどもこの〈客〉は違った。だからおれはコーヒーを出した。インスタントのごく安いやつだ。カップはふたつもなかったから、ホットカクテル用の把手付きグラスを棚の奥から引っ張り出した。これまでに店の〈お客様〉で、このグラスで酒を飲んだのはひとりもいない。なんでも用意しておくもんだ。

「いい店だね」

「ありがとうございます」

「本当はもっと前に来たかったんだが。それに〈客〉で来たんじゃなくて申し訳ない」

「いいえ……こちらこそ、挨拶にも伺いませんで」

目の前にいるこの男と、最初に会ったのは七年前だ。当時のおれの仕事など、まっとうなものと認めてなかった。あの頃とはずいぶん見かけも違っている。それでもやっぱり安酒場には似合わない。

だがそれよりも気になるのは、横に並んでいる女だ。若く、そして美しかった。まさか愛人じゃないだろう。ならここには連れてこない。

「この人を連れてきたのには理由があるんだ」男は言った。「〈○町獄中結婚妻殺し事件〉というのを知ってるかい?」

「ぐ」コーヒーを吹き出しかけた。「凄え名前だな。なんですかそれ?」

「九年前の事件なんだが」

「そんな名前の、一度聞いたら忘れないと思いますよ。ぼくら、何か係わり合いになりましたっけ」

「いいや、事件が事件だからね。殺された女の親も、『いつか娘はこうなるだろうと思ってました』とひとこと言っただけだった」

「じゃあ、全然出る幕はない」

「マスコミもB級扱いだったしね。ワイドショーがおもしろがって取り上げたくらいで、てんで大きくは出なかった」

「なら、やっぱり知らないと思うな」

「うん。わたしも知らなかった」

それを先に言えよ。「その事件がなんなんです?」

「まあちょっと待て。犯人はすぐ捕まってね。裁判も割にアッサリ片付いたらしい。そいつは前に人殺しで無期懲役を受けていて、だから死刑は免れようもなかったんだ。確定しちゃって、今は拘置所の中にいる」

店の外を賑やかに過ぎる声が聞こえてくる。小学生が家に帰る時間らしい。

「それでだね」と男は隣を示し、「この人は結婚してるんだ」

「はあ、それは」

羨ましいやつがいるもんだ、と一瞬思ってから、おれはその果報者が誰なのかに思い至って面食らった。

「なんですって?」

「だから結婚してるんだよ。その犯人と、獄中でね。彼女は獄中結婚妻殺しで死刑を待ってる男と獄中結婚の妻なんだ」



作品名:貴方と私の獄中結婚 作家名:島田信之