ドールメイカー
「えーっとこの角を曲がって・・・・・・」
表通りの賑やかな喧騒から少し離れた路地、両手にしっかと地図を握り締めて辺りを見回す。
お菓子で出来た家を彷彿とさせる、童話の世界のような可愛らしい町並みも、いざ自分で歩くとなると楽しいばかりではなく、頭を悩ます迷路へと変わってしまう。
自分で言うのも悲しくなるが、僕、ネリア・ガネットは方向音痴のおっちょこちょいなのだ。店を出た時の意気込みはどこへやら、眉をハの字に下げてじぃっと壁をひと睨み。
「う~~、おかしいな? 角を曲がろうにも行き止まりですよ! どこで間違えたんだろ」
自分が方向音痴なのはきちんと自覚してる。だから、こうなった場合の対処法も――「一応」と言う言葉がくっついてくる事にはなるが――事前に考えていた。
即ち、迷った時は誰かに聞きましょう。
僕が立っている場所は前と左右をレンガの壁で閉じられた、まごう事なき袋小路。
ココアを混ぜたクッキーを思わせるレンガの壁は、おいしそうな見た目に反して、ちょっとの隙間もないくらいにしっかりと僕の行く手を阻んでいる。こんな場所では、偶然人が通りかかるなんてことは無いだろう。
非常に不味い。
「とりあえず、どこか広い場所に・・・・・・」
と、先程まで睨んでいた壁に背を向けた直後だった。
前方からこの行き止まりに向かって歩いてくる少女が一人。カントリー調のお人形がそのまま人間になったかのような可愛らしい女の子。歩くたびにこげ茶のツインテールがぴょこぴょこと跳ねて、彼女の魅力をより一層引き出していた。
「あの、この先は行き止まりで何も無いですよ」
どうしてそう言ってしまったのか、自分でも分からない。折角人を見つけたんだから、ふつうに道を聞けばよかったのに。
僕が話しかけた瞬間、彼女はびくりと体を震わせ、何故か酷く慌てた様子で、
「知ってるよ! あたしの地元なんだぞ。迷ってなんかないからな!」
見た目のイメージとはかけ離れた少年のような喋り方で、彼女は一気にまくしたてた。言うだけ言った後、今来た方角へ踵を返そうとした彼女を僕は慌てて呼び止める。
「待って下さいっ! 僕は迷ってるんです! 迷子なんですー!」
「……迷子?」
「はいっ!」
「ふ、ふんっ! 仕方ないな。案内してやるよ。どこに行きたいんだ?」
僕の言葉を聞いた女の子は軽く腕組みをして、お姉さん風を吹かせる。
少女が足を止めたのを見て、僕は大急ぎで彼女に駆け寄ってぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます! このドール専門の生地屋さんに行きたいんですけど……」
「ドールメイカー専門店、スタールビー?」
「分かります?」
「この地図、多分だけど間違ってる。場所は分かるよ。付いてきて」
彼女が放り投げた地図をあたふたと掴んで、後ろを追いかける僕。
地図が間違ってるってどういうことだろう? これはスピネルが用意してくれた……。あの嫌な人を見下している顔が頭に浮かんだ瞬間、悪い想像が脳裏をよぎった。
まさかとは思うけど、スピネルは僕を困らせる為に、わざと偽の地図を用意して寄越したんじゃないだろうか。
「まさかウチへのお客だったとはな。若しかして、あんたもドールメイカー?」
「え? うち……って?」
「この店、あたしの実家だよ。あたしはファリン・アクアイア。ファリンでいいよ」
「そうなんですか!? なんだかすごくラッキーです! あ、僕はネリア・ガネットです。ファリンちゃん。“も”ってことは、ファリンちゃんもメイカーなんですか? 僕は今は見習いで、メレーホープっていう工房でお世話になってるんですよ!」
無事に店に着けそうな事や自分と同い年くらいの女の子、それもドールメイカーの関係者であろう彼女と知り合えた嬉しさで、僕は一気にお喋りになってしまった。けど、それを聞いたファリンの反応は僕とは対照的で……。
「あんた、メレーホープの……ラドライトの弟子だったのか。ふん、助けなきゃ良かった」
隠そうともしない嫌悪の感情。鈍い僕でもファリンがルチル様に好意を持っていないことがありありと見えた。
僕にとってルチル様は本の中の有名人で、みんなから尊敬されていて、一番の憧れの人。だから、考えもしなかった。こんな風にルチル様を嫌っている人が居るということを。
僕はそこから一言も話せなくなってしまった。
彼女も、案内を放棄するような事はしなかったけど、どことなく不機嫌そうにしていた。僕らはそのまま言葉を交わすこともなく、ファリンの家だというドール用品専門店「スタールビー」へと着いた。
ミルクチョコレートのような屋根と、カラフルな布地で飾られた看板がまず目に入った。扉の右にある窓から見える店内も華やかで、女の子だったら誰でもうきうきしてしまいそうだと思った。
僕も先ほどまでのことを忘れて、ファリンに話しかけそうになる。でも、取っ手に鈴のついたゆるやかな星型の扉を引いて中に入ると、ファリンは足早に奥へと引っ込んでしまった。
(もう、僕とは話もしてくれないのかな。なんだか、寂しいな・・・・・・)