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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hardhat

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「一応確認なんですが。終わったら、好きにしていいんすよね?」
「せやな。お前にやるわ」
 貝塚が短く言った。ありきたりなドラマ。夫が早く帰ったら妻が別の男とよろしくやっているように、自分の運命は静かに決定されていた。回収した『積荷』を渡したら、そこが終点だ。梅野は一秒でも早く立ち去りたかったが、二人の会話と気配が消えるまでの間、じっと待ち続けた。
      
 夜九時半、新一が夜勤で出払っているから、帰りはひとりだった。どこにも寄ることなく、勤務先のコンビニで貰ったお菓子を手に戻ってきたかなえは、二階の階段を上がろうとして、店と家を隔てるコンクリート敷きのスペースに、夏也が立っていることに気づいた。
「おかえり」
「ナツ、どうしたん」
 かなえは制服のボタンを外す手を止めて、目を凝らせた。夏也はパジャマ姿で、古いパイプ椅子の前にいた。
「こんな時間まで、ありがとうございました」
 夏也が硬い表情を崩さず言ったとき、かなえは思わず笑顔になった。表情を意識することなく、後から自分が笑っていることに気づくのは久々だった。
「ありがと。感謝デー?」
「もう、心配いらんから」
 夏也はかなえの前まで歩いてくると、手を伸ばしてかなえの肩にかかった鞄を下ろした。
「重いよ、大丈夫? どうしたんナツ。今日は変やで、いつもやけど」
 かなえが笑いながら言うと、夏也は鞄を丁寧な仕草でパイプ椅子の上に置き、言った。
「うまいことぶつかってくれる人を、探してもらうねん」
 かなえは、軽くなった肩が急に地面に引きずられたように感じた。意識よりも先に体が理解している。夏也が何をその耳で聞いて、何をその頭で解釈し、結論を出したのかということも。電気がほとんど落ちて暗くなった部屋の中には、底が見えない悲しさだけがあった。かなえは膝立ちになり、夏也と同じ目線で言った。
「変なこと言わんといてよ」
「変じゃない。誰かが事故に遭わな、お金は入って来んから。大丈夫。プロに頼んだから」
 夏也はそう言うと、かなえの肩をぽんと叩き、二階へ上がっていった。そのまま座り込んで動けなくなったかなえは、パイプ椅子の上に置かれた鞄をしばらくの間眺めていた。こんな悲しい思いをする日が来るということは、あらかじめ決まっていたことなのだろうか。夏也が大人の言葉を理解できる年になって、その頃には家のお金が少なくなっていて。わたしが土日もスーパーで働いて、新一が夜も走って。それでも、夏也を救うだけの力は到底なかったのかもしれない。かなえは、喉がつかえて息を吐き切ることができず、よろけながら鞄に辿り着くと、スマートフォンを取り出した。新一の番号を鳴らすと、トラックのエンジン音に混ざって声が届いた。
「はい、運転中!」
「兄ちゃん、もうあかんかもしれん」
 かなえの声の調子に、エンジン音が一瞬甲高くなり、すぐに静かになった。
「はい、止まりました! どないした?」
 声が仕事中のてきぱきした調子を保っていて、かなえは縋りつくように言った。
「事故が……。ナツが事故の話をしててな。なあ、帰ってきてよ」
「無茶言うな。今からやぞ? 事故って、良太の事故か?」
「違うよ。当たり屋の話。自分がやるって」
 言葉に出すのと同時に、栓を抜いたように両目から涙が溢れ出して、かなえは鞄を引きずるようにどかせると、パイプ椅子に座った。新一がすでに冗談を言う気を無くしているということは、電話越しにも分かった。
「聞いとったんか」
「プロに頼んだって、何のことかな」
「分からん。かなえ、外出てないな?」
「家におるよ」
「どこにも行くなよ」
 新一はそう言って、電話を切った。さっき話した通りで、仕事は始まったばかりだ。裁量でスケジュールを調整できる仕事ではない。決まった時間枠の中に決まった荷物を滑り込ませるのが役目だ。マージンは常に取ってあるが、仕事が始まったばかりでこうやって路肩に停まっているというのも、本来なら避けたい。夏也は、誰と誰のやり取りを聞いたのだろう。新一は、ハザードの点滅に合わせてオレンジ色に見え隠れするガードレールを眺めながら思った。親が話しているのを耳に挟んだか、もしくは昨日の夜にかなえと一階で話したことを、どこかで聞いていたのか。
「プロってなんやねん……」
 ひとり言を呟いたとき、新一はハザードの点滅から視線を外した。家に居られれば話しかけるだけで済むのに、がらんとした国道脇に停めたトラックの運転席では、何もできない。それでも、頭の中に結論が導き出されていた。夏也の言う『プロ』というのは、梅野のことだ。良太を大怪我させることなく、頼本家にお金を舞いこませた実績がある。新一はスマートフォンを手に持ったまま、車載時計を見た。もうすぐ夜の十時。お笑いコンビのようなふざけた名前の夫婦。太郎と晴代。『バラエティショップよりもと』の経営者でありながら、その召使い。経営者二人と、新一を最年長とした子孫グループという、二つの家族が存在しているような感覚だ。手はスマートフォンを離そうとしないが、誰になんて言えばいいのだろう。もちろん、夏也がそんなことを考えていると知れば、少なくとも太郎は悲しむ。二人とも野球好きで、太郎が集めた九十年代の野球グッズを生前贈与のように受け継いだのは、夏也だった。夏也は今もそれが『宝物』だと言う。意地悪な言い方をすれば、元手はタダ。
「受け身取れやおっさん……」
 新一は広いフロントガラスに向かって呟くと、ハザードを消してクラッチを踏み込んだ。

−−−

 日付が変わった。ビッグホーンの運転席は貝塚の仮眠席で、用意された簡易ベッドで眠る気は、全くないようだった。河原は段ボールを固めて平らにした即席の寝床の上で、死ぬ直前の動物のように仰向けになって寝ている。梅野は、一番しっかりした簡易ベッドをあてがわれたが、あの会話を盗み聞きした以上、貝塚と河原の行動全てが『最後の晩餐』の類にしか見えなくなっていた。
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ