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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Hardhat

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 梅野はスマートフォンを持ったままの手を挙げた。良太にとって梅野は、事故の加害者という単純な存在ではなかった。事故がきっかけで頼本家の家計が上向きになったことも知っているし、梅野は最初に見舞いに訪れたとき、時代劇のような派手な土下座をして謝った。その様子を見て、赤いバイクが視界全体を覆うように迫ってきた恐怖感自体が消えていくのを感じたことを、今でも覚えている。
「こんにちは、仕事は終わったんですか?」
 良太が夕日に目を細めながら言うと、梅野は口角を上げて微笑んだ。
「まだ始まってないかな。良太くん、事故のことはほんまにごめんね。ちょっと覚えてたら、教えてほしいんやけど」
 その表情は夕日で逆光になり、よく見えなかった。良太が待っていると、小さく咳ばらいをした梅野は言った。
「おれ、荷物運んでて。こけたときに落としたっぽいんよね。教科書ぐらいの大きさで、厚みは辞書ぐらいあるかな」
 良太は、梅野の言葉を聞くまで完全に忘れていた『小包』のことを思い出した。甲高い排気音を鳴らすバイクが猛スピードで走り去り、地面に尻餅をついた自分以外、事故が起きたということを示すものはないように感じた。ミラーの破片に混ざって白い包みが落ちていることに気づいたのは、そのときだった。事故があったことが発覚すると思い、咄嗟に隠したのを覚えている。思ったより早く警察が来てしまい、小包がランドセルの中にあるということを言い出すわけにもいかず、家に持って帰った。その後は、段ボール箱に押し込んだだろうか。頼本家が雑多な物を押し込むとすれば、野菜の段ボール箱だ。
 共通の認識があるということを示すだけの間が流れ、梅野は続けた。
「あれさ、ちょっと必要になってて。もし家に置いてくれてるなら、返してほしいのよ」
「はい、探してきます」
 良太が短く言うと、梅野は定位置のようになったバス停の看板を見上げた。
「しばらくの間、良太くんが学校行く時間帯にここで待ってるから。よろしくです」
 どことなく頼りない後ろ姿を見送り、梅野は小さく息をついた。あの様子なら『積荷』は間違いなく、あの家の中にある。少し体が軽くなった気がして、梅野はバス停の時刻表を眺めた。貝塚が待つ倉庫の最寄りにはバス停しかなく、不便極まりない。次のバスまで十五分近く待ち時間があることに気づいて肩を落とすと、梅野はポケットを探った。くしゃくしゃになったキャメルの箱に一本だけ残っていることに気づいたとき、背中の真ん中辺りを軽く押され、梅野は振り返った。視界には誰もおらず、頭ひとつ分低い位置に制帽が見えた。良太の弟、夏也。梅野が作り笑いを浮かべると、夏也はそんな楽しい話をしに来たのではないと言うように、顔をしかめた。
「梅野さん」
 夏也は名前だけ呼ぶと、表情を元に戻した。状態を合わせるように梅野が慌てて真顔に戻ると、夏也は続けた。
「うちな。お金ないねん。梅野さんから入って来るお金は、もうないから」
 梅野は苦笑いを浮かべた。確か十歳のはずだが、この素直そうな顏から飛び出す言葉とは思えない。夏也は自分なりに作り上げた結論をプレゼンするように、姿勢を正した。
「僕が怪我せんように、うまいことぶつかってくれる人おらんかな」
 梅野が呆気に取られていると、良太と同じ中学校の制服を着た生徒がつかつかと歩いてきて、夏也を引き離した。
「ナツ、暗くなるで」
 市川に手を引かれ、夏也は素直に梅野から離れた。しばらく無言で歩いて、バス停から充分に遠ざかったとき、市川は一度だけ振り返って後ろを確認すると、言った。
「あのチャラ男、誰? 良くんともしゃべっとったな」
「事故により、うちに幸運をもたらした人」
「そんな話、あるかい」
 市川が笑うと、夏也は同じように笑いながらも、少しだけ表情を歪めた。
「頼本家には、ある」
    
 通勤路から外れたバスの車内は静かで、梅野は流れる景色を眺めながら、考える時間を持て余していた。一気に進展した。いや、むしろ終わったと言うべきか。良太から小包を受け取れば、それで解決するのだから。こんな単純な話はない。貝塚と河原は大げさすぎるのだ。この世の終わりのような顔をして、指を失って、夜中に這いずり回って。最初からおれとコミュニケーションを取っていれば、もっと幸せな人生を送っていただろう。『積荷』を失くしたのはこちらが悪いが、要はどうやってリカバリーするかだ。それにしても、頼本家で最も若い、というか完全に子供の夏也があんなことを言い出すとは。
 梅野は今までに、金にまつわる苦労をしたことがなかった。どれだけ犯罪者と付き合って、どれだけ生活レベルを落としても、梅野家という後ろ盾がある以上は、ままごとの域を出ない。つまり、このだらけた生活は完全に自分の意思で、そのようにしているのだ。カタギに戻ろうと思えば、いつでも戻ることができる。梅野家の人間に縁のある会社に滑り込むことぐらいは、何でもない。もちろん、二十代最後の年に大きく生活スタイルを変えようと思わないが。梅野はしばらく景色を眺め、やがて自分が降りるバス停が近づいてきたことに気づいて、降車ボタンを押した。物流センター前で降りるころには、日はほぼ落ちていた。
 倉庫までの道を歩き、梅野は正面入口の手前で立ち止まった。シャッターは半開きになっていて、本来ならその隣の通用口から入ることになる。梅野はシャッターを横切らないよう気をつけながら、建物の外周を囲む雑草の中へ足を踏み入れた。草の背が高いだけで、人が歩けるだけのスペースが空いている。梅野は草を静かにかき分けながら足音を殺して歩き、換気のために開けられた窓の真下に屈みこんだ。
 自分がいないときに貝塚と河原がどんな話をしているのか、ここなら聞こえてくる可能性がある。例えば、夫が早く帰ったら妻が別の男とよろしくやっているという、ありきたりなドラマのように。そんな状況は事の大小に関わらず、多々あるだろう。しばらく同じ体勢を続けて、壁にもたれて痺れかけた足から力を抜いたとき、貝塚の声が聞こえてきて、梅野は耳を澄ませた。
「見つけよると思うか?」
 貝塚は煙草を吸っているようで、大きく息継ぎをした。窓から煙の匂いが微かに流れてきて、梅野はさらに息を潜めた。一度この位置に収まってしまった以上、話を聞かないという選択肢もないし、割り込む権利もない。盗み聞きしていることが発覚したら、何をされるか分かったものではない。
「手応えなかったら、あまりうろちょろさせんほうがいいですね」
 河原が言った。梅野は、手応えどころか『積荷』を見つけたということを窓の外から叫んでやりたいと思ったが、その心の動きは爪先に少し伝わっただけで押しとどめられた。
「あいつは誰とでも話できる奴やからな。ただ、あんま道草食ってるようやったら、止めなあかん。そもそも、あいつがカタギとどっぷり顔合わせてたから、こうなっとるんや」
 河原は、十を聞いて一知り、五を忘れて残りの四は間違えて解釈する。それが、梅野の持つ率直な印象だった。貝塚もここまで饒舌に説明するのは、一回目ではないだろう。会話の続きをしばらく待っていると、河原が大きな咳ばらいをした。
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ