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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Hardhat

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 朝の七時二十分、太郎がトーストを食べる姿は、死刑囚の最後の食事のように見える。かなえは、キッチンに寄りかかってコーヒーを飲み、新一と何度か目を合わせた。昨日は帰ってから、他の誰とも話していない。晴代は同じ空気を纏っていて、死刑囚の妻。良太と夏也もどことなく、心が違うところへ飛んでしまっているように感じる。新一は、目玉焼きに取り掛かったときに夏也と目が合い、わざとらしく口を開けてひと口で飲みこんだ。
「もったいなー」
 夏也は、自分の目玉焼きをひと口サイズに切り分けながら言った。二本のウィンナーとの配分を考えているのか、分ける作業自体が楽しいのかは分からないが、少なくともその儀式のせいで食べる速度は一番遅い。良太がオレンジジュースを飲み干して、時間を気にしながら言った。
「姉ちゃん、梅ちゃん覚えてるよな?」
「覚えてるよ」
 かなえが即答すると、新一が顔をしかめた。
「打ち解けモンスター、梅野」
 謝罪に訪れてから受け入れられるまでのスピードは、オリンピックでそのような競技があれば確実に日本代表になれる。新一は、自分が中学二年生だったときの記憶と重ね合わせた。晴代が、新一とかなえを弾き出している空気のことを謝るように、神妙な表情で言った。
「昨日、店に来てん。仕事で近くにおるんやって」
「親父、仲ええもんな」
 新一が言うと、太郎は顔をしかめた。
「それは、大人の付き合いや。誰が歓迎すんねん、おれの可愛い息子を轢いた奴やぞ」
 良太が俯き加減になり、時計を見たかなえは言った。
「ぼちぼち用意しいやー」
 良太が食卓から立ち上がり、空になった皿だけが残った。トーストがもう一枚焼き上がり、かなえはそれを素手で掴むと、新一の空いた皿に置いた。ごつんと音が鳴ってパンくずが飛び、夏也が肩をすくめた。新一がそれをばりばりと音を立てながらふた口で食べて、言った。
「ナツ、真似できるか」
「必要性を感じへん」
 夏也の毅然とした言葉にかなえが笑い、太郎と晴代もワンテンポ遅れて笑った。新一は立ち上がって皿とグラスをシンクへ持ってくると、かなえをひとりにすることなく、小分けにした目玉焼きに取り掛かる夏也を見守った。太郎と晴代が食器を片付けて店に下りていき、夏也の目玉焼きが折り返し地点に到達したところで、新一は言った。
「あんまり悩むなよ」
「なんのこと?」
 かなえが言うと、すぐ隣で新一は笑った。はっきり言わなくても、何のことかは分かる。そもそも、悩みはさほど多くない。ひとつひとつが重いだけだ。かなえは、油で光る皿の上にグラスを置こうとする新一の手を掴んで、首を横に振った。
「それ重ねたら、殺す」
「ほら、ピリピリしとるやんか」
 新一がそう言ってグラスを皿から遠ざけたとき、夏也が小分けにした目玉焼きを規則的に口へ放り込み終えて、オレンジジュースを飲み干した。
「天才なんかな」
 かなえは言った。新一はうなずいた。
「ナツはよう分からん。お前から常識とか義務を全部抜いて限界まで研いだら、あんな感じなんちゃう?」
「わたしに似てる? そうかな」
 かなえが言うと、夏也が皿の上にグラスや箸を全て乗せた状態でシンクまで持って来て、言った。
「ごちそうさま」
「ナツ、新一がわたしに似てるって」
「光栄」
 夏也は短く言うと、きびすを返した。かなえは後ろから細長い手で両肩に触れると、そのまま引き寄せた。後ろから抱きすくめると、すぐに手を離して言った。
「チャージできた、ありがと」
 かなえの言葉に夏也は振り返ると、歯を見せて笑った。新一は夏也の後姿を見送ると、油まみれになったグラスを見て言った。
「ナツには殺すって言わんのやな」
「希望の星やから」
 かなえはそう言うと、手ぬぐいで新一の背中をぴしゃりと叩き、シンクの前から追い出した。
       
 同じ小学校から上がったのは、市川と水木。水木は違うクラスになってしまったが、市川は六年生のころから変わらず、最初は名前順で並んで遠くの席になったが、席替えで偶然隣の席になった。その小動物のような動きは人畜無害なオーラを出していて、どこか陰のある良太には到底醸し出せない。市川はホームルームでも静かに前を向いていて、たまに担任が読み違えたり噛んだりすると、良太の方を向いて『な?』と念押しするように片方の眉を上げる。元々滑舌の悪い担任は、今も商店街と言い損ねて『ちょうてんがい』になったばかりで、市川は呆れたように教壇を見つめていた。ようやく担任がひと息ついて、クラスにざわつきが戻った。担任は空気だけで生徒に察知させて、やがて誰かが立ち上がる。小学校のときの『それでは、また明日』という号令は存在せず、どこか大人の集まりのような、不思議な空気が流れていた。
 一階で上履きをロッカーに仕舞うと、市川は言った。
「合わんわ、担任。終わったんやったら、はっきり言えって」
「それ、中学上がってほんま変わったよな」
 良太が言うと、市川は何度もうなずいた。
「またあしゅた〜とかなるの、恐れとるんやろ。でも良くん、好かれとるよな」
 良太は、気難しい担任からおおむね『高評価』を得ている。悪目立ちもしなければ、優等生アピールもしない。人によっては全く印象に残らないタイプの生徒だと自身で理解していた。何ごとにおいても、発揮できるような積極性はあまりない。
「何がいいんか、分からんわ」
 良太は靴を履き替えると、左手で鞄の紐を掴みなおした。市川が底に手を当てて持ち上げ、鞄を肩に担いだ良太は言った。
「ありがと」
 中学校から商店街までの道は、なだらかな下り坂。良太の歩く速度の遅さに気づいた市川は、言った。
「帰りたくなさそうやな。重力に逆らってるやん」
「この間の道が、好きやねん。家おっても落ち着かん」
「知らん人間いっぱいおるもんな、店やし」
「それ、姉ちゃんもよう言うてるわ」
 良太が言うと、市川はぎょろりと開いた目を良太に向けた。
「かなえ姉ちゃん、元気にしてる?」
「してない」
 良太は短く答えた。きっかけは、市川が家族総出でバラエティショップよりもとに家族で訪れたときだった。珍しくかなえが商品を段ボール箱から棚へ並べていて、『良太の友達? 市川くんやね』と笑顔で言った。良太からすればいつものかなえスマイルで、コンビニで日に百回は披露しているはずだが、市川からするとそれは特別な笑顔に映ったらしく、それ以来、市川はかなえの話が出ると目を見開くようになった。
「彼氏とかおらんの?」
「おったら、もっとシャキッとしよるわ」
 良太は笑いながら市川を小突き、下り坂を歩く速度を少しだけ早めた。幹線道路で手を振って別れ、商店街の方へ歩き出したとき、バス停の近くに梅野が立っていることに気づいた。西日から隠れるように、影の中に収まっている。
「こんにちは」
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ