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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hardhat

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 貝塚はマルボロを半分の長さになるぐらいまで吸うと灰皿にねじ込んだ。河原を連れてホームセンターに入り、漂白剤と包丁二本にビニールシートを買った。駐車場から出てネットカフェに入ると、違うブースをそれぞれ確保して梅野に現在地を知らせた。
   
「よう、売れるな」
 太郎が歯ぎしりをするように口を曲げ、その隙間から息を漏らすように言った。とにかく、電池が飛ぶように売れる。晴代は肩をすくめた。
「なんでも電池で動いてるから。アットホームしとるんやで」
「ステイホームちゃうか?」
 太郎が言うと、晴代は丸めた新聞でその腕をぴしゃりと叩いた。
「一緒やろ」
 太郎は両方の眉をひょいと持ち上げて痛がる振りをすると、残り一個になった単四電池を眺めた。地元密着型の生活。生まれたのはもっと海よりも荒っぽい地域で、憩いの場は廃材置き場。そうやって幼少時代を過ごし、高校を出るのと同時に、港湾道路の見渡す限りコンクリートが広がる物流倉庫で、働き始めた。晴代は倉庫の事務員で、所長を含め、全員から公認を受けた仲だった。太郎はいい加減な性格をカバーするように、誰よりも長い時間働いたが、晴代は真面目なタイプではなく、夕方四時のチャイムが鳴り響くのと同時に仕事を放り出して化粧を直すためにトイレに籠り、一時間後にシフトを終える太郎を待つのが習慣になっていた。ほどなくして晴代が退職し、太郎も転職したが、二十三歳で飛び込んだ営業マンの世界は天職とはほど遠く、店を開くことを考えたのは二十八歳のときだった。こちらが足を使ってあちこちに売って回らなくても、商店なら、物を置いていれば欲しい人間が勝手に買っていく。十五年前、新一が五歳で、かなえは三歳。店が三人目の子供のようなもので、ホースの先を指で絞ったように勢いよく時間が過ぎていった。晴代を前面に押し出して愛想を振りまく作戦は成功で、客はよく入った。その上り調子の中で生まれたのが、良太と夏也だった。子育てで忙しくなった晴代が客の相手をできなくなり、それまで存在しなかったこと自体が奇跡だったのだが、ついに商店街の大通り側にチェーンのコンビニができた。こっちに来れば、数十メートル余分に歩くだけで、コンビニの二割引き程度の価格で同じものが買える。しかし、その二割引きをブランド力でなかったことにしてしまうのが、コンビニだ。ロゴが入った袋を見ただけで血圧が上がるのは当然だが、フランチャイズのオーナーはよりによって知り合い。そうやって売り上げが勢いを失くし始めたときに、新一の高校受験の話が出始めた。十四歳なのだから進路の話が出るのは当たり前のことだが、三者面談で担任から話を聞くまで、新一がもうすぐ高校に上がる年になるということすら、忘れていた。
 問題は、家族が増えても実入りは増えないということだ。それに、去年から今年にかけて、人通りが極端に少ない。地元の人間という安定した顧客基盤があるからかろうじて持っているが、商店街の並びの飲食店は下手くそなだるま落としを食らったように、次々と倒れていった。今までなら大抵、すぐに次の店が入った。しかし今は、貸店舗の張り紙がついたままのシャッターが目立つ。この現状を見ているからこそ、過去五年に渡って梅ちゃんが助けてくれたという風に思う他、なかった。
 そして、ぼちぼちそれが必要だということも。太郎はレジを開けると、五円玉を取り出して宙に放り投げた。いわゆるコイントスだが太郎のやり方は独特で、いつも題材を考えてから投げるのではなく、投げている途中で考えていた。時間は当然足りず、ろくなことは考えられないが、本当にやりたいことが頭に浮かぶというメリットもあった。手の甲へ戻ってきた五円玉に手を被せて封をすると、中身を見ることなく目で晴代を呼んだ。音で気づいていた晴代が呆れたように笑うと、言った。
「昨日の話?」
「そうやな。表なら、やってみるか」
 太郎はそう言い、晴代が言い返すよりも前に手を開いた。それが『表』だということに気づいたのは晴代で、運命が決められたように息を呑んだ。
「冗談やんな?」
「腕が鳴るわ。鳴ったらあかんか」
 そう言う太郎の目は揺るがず、表を向いたままの五円玉を見つめていた。晴代はその全身を見渡した。四十三歳。去年散々言って聞かせて受けさせてきた健康診断の結果は、意訳すると『ぎりぎり生きてます』。会計のバランスを把握しているのは晴代で、決して誇張することなく、悲観することもなく、公正に伝えてきた。だからこそ、太郎がそうすると決める理由も分かるし、借金を雪だるま式に増やす性格ではないのも、分かりきっている。晴代は言った。
「大体、どうやってやるんな?」
「今の車は、ドラレコついてるからな。轢かれる車は厳選せなあかん」
 太郎は五円玉をレジに戻しながら言った。晴代は表情を曇らせたまま、俯いた。二十代なら、お互いその言葉の馬鹿らしさに笑っただろう。しかし、今聞いたその言葉は、笑いをはぎとられているだけでなく、人に傷を負わせるために意味もなく研がれているように感じる。客がいない店内で、二人だけでなく空気すら動きを止めたように澱み始めたとき、軒先で鈴が鳴った。ひょろりとした長身。トレードマークは、両側の犬歯が覗くぐらいに爽やかな、その笑顔。
「えっ、梅ちゃんやん。な?」
 晴代が救われたように言った。太郎はうなずいた。
「三年ぶりか。もう支払い終わったのにな。いらっしゃいませー」
 最後だけ大きな声で言うと、梅野は頭を深々と下げた。若いが、太郎とは野球の話が合い、九十年代の試合についても詳しかった。梅野は引っ越し用ロープとペーパータオルを何点か取ると、レジまで歩いてきて笑顔を向けた。
「すみません、近くまで来たら思い出しちゃって」
「仕事?」
 晴代が愛想笑いを浮かべながら言うと、梅野はうなずいた。
「まあ、ちょっと。ふらふらしてます」
 太郎は愛想笑いで誤魔化しながら、心の中で笑った。言葉遣い自体が、その生き方を表わしているようだ。梅野が最初に見舞いに来たとき。良太は『バイクでこけるん、映画みたいやった』と、目を輝かせながら言った。被害者にすらそんな感想を持たせるように、梅野はどこか現実感がなく、地に足がついていなくて危なっかしい。
「車で来てるん?」
 晴代が言い、梅野は一旦うなずいた後に首を傾げた。太郎が補足するように言った。
「ドラレコついてる?」
「いや、自分の車やないんで。どうなんでしょう、古いし、ついてないんちゃいますかね」
 梅野がごまかすように笑顔で言ったとき、店の中に良太と夏也が入ってきて、そのまま奥へ抜けようとしたところで、同時に足を止めた。それは、太郎と晴代の『おかえり』という言葉が少し遅れたからでもあったが、良太はそれが梅野だということに気づいて、目を大きく開いた。
「久しぶりです」
 最後に会ったのは十歳のときだが、その顔つきは変わっていなかった。梅野は少しかしこまって、頭を下げた。
「良太くん。お久しぶりです」
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ