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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hardhat

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 貝塚はそう言うと、クラッチを踏み込んだ。路肩に停めて小休止していたが、実際そんな時間があるかというと、そうでもない。車体をはっきり紺とシルバーの二色に塗り分けたビッグホーンは、ただでさえ目立つ。九十四年型であちこち傷だらけ、バックドアのスペアタイヤカバーには、ほとんど落書きのようにパーツメーカーのステッカーが乱雑に貼られている。中には『76』や『55』と数字だけが書かれたものもあった。二十年前なら町の景色に溶け込めたが、今はこんな配色の車はない。六年前でも同じだった。朝十時になってもライダーは現れなかったのだ。事故を起こしたという電話連絡を河野に寄越してきたが、貝塚は自分の足で事故現場へ出向いて初めて、轢き逃げ事件を起こしたということを知った。本来なら、警察官の会話を盗み聞きできる位置に立つことすら避けたいぐらいだったが、選択肢はなかった。何にせよ、初めて未配達に終わった案件だった。そしてそれは、あちこちに歪みを生んだ。その終点で最大の被害を被ったのは、梅野と直接の待ち合わせをしていた河原だった。結果、 左手の薬指と小指はない。よくある組織の『指詰め』ではなく、数人が交代しながら万力のハンドルを一周ずつ回していくという方法で、数時間かけて粉砕するように切断された。殺すという選択肢はなかったらしく、河原は今でも、唯一未配達になった案件の一員として、他の構成員の反面教師となっている。ただ、河原本人は、油まみれになって後から舐める指の本数が減ったぐらいにしか、考えていなさそうに見える。こちらに罪悪感があるとすれば、下手に動くなと言って、逃げる機会を奪ってしまったこと。捕まったとき、河原は倉庫のパイプ椅子に腰かけて、素直に待っていた。
 貝塚はシフトレバーを忙しなく操作しながら、山の方へ繋がる細い市道へと折れた。ヘッドライトで照らされた範囲以外は、完全に真っ暗闇で、農機具が傾いて沈んだように放置されている。この先にはかつてダム湖があったが、すでに水は引いて広大な枯れ地になっている。河川敷は埋め立てられることもなく、雑草は伸び放題。貝塚は砂利を踏みながら河川敷へとビッグホーンを進めた。燃費も見た目も、何の取り得もないように見える車だが、悪路には強い。オフロードタイヤがごろごろと音を鳴らし、雑草が子供の背丈ぐらいある辺りで停めると、貝塚は言った。
「この辺でええか」
 ヘッドライトを消してビッグホーンから降りると、後部座席のドアを開け、覆いの代わりになっている麻の大きな布地をどけた。
「起きろ」
 梅野は起きていた。縛られたままの手で顔を庇おうとしたが、貝塚は同じように縛られた足を持って引きずり出した。雑草と砂利の上に落ちた梅野は激しくせき込んだ。貝塚はその体を足で押して、転がした。五年に渡って、被害者一家への補償は続いていた。それがやっと終わり、梅野と一般人との接点は断たれた。面白い考え方をする男で、轢き逃げ事件が解決したら、その辺の一般人に戻れると思っていたらしい。貝塚が見下ろしていると、砂利の中でも快適な場所を探すようにもがきながら、梅野は言った。
「六年前っすよ!?」
「何年前でも、足りへんもんは足りへんねん」
 梅野は、その中身を知らない。ライダーはバイクのリアボックスに『何か』が入っているということ以外、意識する必要はない。バイクをそのまま持ってくれば済む話なのだから。
「子供と当たって、一回こけたんやな?」
 貝塚はそう言って、河原に合図をした。助手席から運転席に移ってきた河原は、指を失ってすっきりした左手で、シフトレバーに触れた。梅野がようやく頷き、貝塚は続けた。
「バイクごと逃げてきたんやろ? ほな、なんでリアボックスになんも入ってなかってん?」
「こけたときに、開いたんやと思います」
「ほな、現場検証のときに警察が拾っとるわな」
「多分、そうなったかと……」
 梅野はそれが単純かつ最適な回答だと思っているように、愛想笑いを浮かべた。河原が前を見たまま笑った。貝塚も少しだけ笑ったが、すぐ真顔に戻ると梅野に言った。
「なるかい、ドアホ。なってたら今ごろお前も俺も、ここにおらんわ。河原」
 語尾に小さく続いた自分の名前を聞き取り、河原はギアを一速に入れてアクセルを少し踏み込んだ。ゆっくりと動いたタイヤが梅野のひざ下に触れ、オフロード用のトレッドが圧力をかけるように歪んだ。
「お前が運んどったんはな、拳銃や。四挺を用立てする案件があって、あれが最後の一挺やった」
 梅野はバイト感覚でやっていた『運び屋』の積荷を今になって知り、ここ数年完全に忘れていた記憶を叩き起こされたように、瞬きを繰り返した。
「拳銃って、ピストルですか?」
 河原が笑った。クラッチから足が離れかけて、タイヤが返事をするように梅野の膝へ乗り上げようとした。車軸に伝わる重量の数百分の一だったが、梅野は体を反射的に捩って叫んだ。
「痛い痛い!」
「知っとるわ。いちいち言わんでええよ」
 貝塚はビッグホーンの車体を叩いて河原に下がるよう伝えると、すぐに食らいつける位置まで下がったタイヤを眺めながら、言った。
「次は乗っかるぞ」
 六年が経った今、ライダーを運び屋に使うビジネスモデルは完全に消えた。立つ鳥跡を濁さずの精神で、関わった全員が綺麗な幕引きを狙っている。その唯一の汚点が、未配達に終わった一挺の拳銃。三十年以上前に生産されたブローニングハイパワー。梅野が個人的にコレクションしているとか、そういう話ならどれだけよかったか。昨晩、二人がかりで梅野の家をひっくり返したが、ヒントすらなかった。貝塚が何も言わずに梅野を見下ろしていると、運転席で河原が言った。
「ぶつかった相手の家、分かる?」
 骸骨に子供が粘土を盛りつけたような顔の中で大きな目が二つ、運転席からまっすぐ下りるように梅野に向いた。
「ええ? 今はもう、どんな感じか……」
 貝塚は笑った。相手の小学生は、七歳だった。今は中学一年生。外見で気づけなくても、無理はない。まさに、光陰、矢のごとし。
   
−−−
   
 バラエティショップよりもとの店内には、購買意欲を煽るための少し忙しない曲が、常に流れている。五年ぐらい同じ曲で効果があるのかは全く分からないが、朝七時半にそれが流れ出し、太郎と晴代の一日が始まった。スケジュールは全て、一番朝が早い新一に合わせている。かなえはコーヒーを飲み干すと、子供だけになった食卓を見回した。新一に合わせて開店時間が三十分早まったことで、両親曰く出勤前の客を捕まえられるようになった。
 らしい。
 次に家を飛び出してくのは良太で、もう制服に着替えている。かなえは、食べる速度が遅くていつも最後になる夏也の横顔を盗み見た。テンポよく皿をシンクへ放り込んでいかないと間に合わないが、夏也の心ここにあらずな様子は羨ましい。そして同時に、少し心配でもある。かなえは良太が座っていた椅子にずれると、夏也の顔を覗き込んで言った。
「いつもなに考えてんの、ちっちゃい体で」
「分からん。諸々」
 夏也は一本だけ残った千切りキャベツに愛着が湧いたように眺めていたが、突然口に入れると、お茶を飲み干した。
「おしまい。ごちそうさま」
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ