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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hardhat

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 家の二階へ続く階段に夏也が足を踏み出し、晴代が良太の手を引こうとしたとき、河原が振りかぶった包丁が目の前を横切り、反対側に飛びのいた良太は、勢い余って前に転びそうになった河原をかわすと、その刃が再び晴代に向く直前に、階段と物置の間にある引き戸を力いっぱい閉めた。河原の振り下ろした包丁が薄い木製の扉に突き刺さり、河原はそれを引き抜こうとしたが、ほとんど柄の部分まで入り込んだ包丁は引っかかって抜けず、河原は諦めて良太に向き直った。使い古した最小限の糸で縫い合わせたようないびつな顔がさらに歪み、大きく口を開けた河原は、言った。
「大したガキやな」
 良太は自分に向かってくると覚悟し、歯を食いしばった。河原はつかつかと歩み寄ると、物置から飛び出したインシュロックを一本掴んで引き抜き、良太の腕を捕まえて軽々と体ごと持ち上げ、棚に結び付けた。
「お前は最後や」
 河原は扉を蹴って折り曲げ、包丁を引き抜くと、二階へ続く階段を見上げた。
    
 商店街に辿り着いた新一は、梅野の襟首を引いて止まらせた。かなえが勢い余って新一の背中にぶつかり、『バラエティショップよりもと』と書かれた看板の上で、かなえの部屋の窓から夏也が体を出しているのを見て、叫んだ。
「ナツ!」
 かなえはいつもやっているように排水管とコンクリートを繋ぐ金具に足を引っかけて登り、二階のひさしに上がると夏也の体を掴んで、外に出した。夏也は家の中へ戻りたいように振り返り、言った。
「お母さんがすぐそこにおる!」
 かなえは窓から手を伸ばし、一階へ戻ろうと背中を向けている晴代に言った。
「お母さん、一回出て!」
「良太が一階におるから」
 晴代はそう言ったとき、階段を踏む足音が急激に近づいて来ることに気づいて、後ずさった。かなえの方を振り返り、窓の外に出ることを決意して窓に手を掛けた。夏也が一階に飛び降りて、良太が一階にいるという晴代の声をかろうじて聞き取っていた新一は梅野を引っ張り、店の裏口まで走った。
 かなえは晴代の手を引き、二階のひさしの上に抱えるように引きずり出した。その真上で、真横に薙がれた包丁の刃が宙を切り、晴代が後ろでくくった髪の先端を切り落とした。部屋の中からかなえを見る二つの目は、通行人が次々に足を止めているのを見て、考えを改めたように部屋の中へ消えて行った。かなえは二階から晴代を下ろすと、最後に自分も下りて、新一と梅野の姿がないことに気づいた。
「兄ちゃんが裏に行った」
 夏也が言い、かなえは晴代が店の裏へ駆けだそうとするのを止めた。

 良太の手を縛るインシュロックを切ったとき、新一は階段を下りてくる足音を聞いた。梅野は、野菜の絵が描かれた段ボール箱の中を覗き込み、小包を手に取ると言った。
「あったわ……」
 手が自由になった良太は、新一の手を引いて言った。
「早く逃げな。ヤバい奴が帰ってくる」
 梅野が小包を持ったまま新一に近寄り、福引きで景品を当てたように、誇らしげに小包を掲げた。
「これですわ」
 そう言ったとき、新一に手首を強く引かれて梅野はよろめいた。同時に、手元でファスナーが一気に開けられるような甲高い音が鳴った。手首をインシュロックで棚の柱に巻き付けられ、身動きが取れなくなったことに梅野が気づいたとき、新一は言った。
「あとは、当事者同士で頼むわ」
 新一はそう言って、良太と門まで全力で走った。振り返ったとき、外からだとかなり暗く見える物置の中に、もうひとり人影が現れたことに気づいた。良太も振り返ろうとしたが、門の錠前を外から閉めた新一は頭を掴んでやめさせた。
「見るな」
   
 梅野は、自由が利く右手で、小包を河原に向かって掲げた。
「ありましたよ」
 河原は息を切らせながら、うなずいた。
「そうか」
 梅野がインシュロックに目を向けて『外してくれ』と無言で促すと、河原は言った。
「お前、あの場所に車が路駐してるって知ってたか?」
「いやいや、そんなわけないでしょ」
 梅野はそう言って笑ったが、河原は少し口角を上げただけで追随しなかった。
「悪い。ハサミがない」
 河原はそう呟くと包丁の柄を握りしめ、インシュロックではなく、梅野の左手首を切り落とした。小包を拾い上げると、地面に倒れ込んだ梅野の頭を掴んで引き上げ、首をまっすぐ横に切り裂いた。
 
 向かいの喫茶店からの通報で警察が数人現れ、晴代がシャッターを開けるのと同時に中へ入っていった。懐中電灯に照らされる店内は、自分の店ではないように他人行儀だった。
晴代は、新一と良太が息を切らせながら走ってきたのを見て、かなえに支えられるままに地面に座り込んだ。かなえのスマートフォンに太郎から着信が入り、かなえは通話を始めるなり、言った。
「大丈夫?」
「病院送りや。指の骨、折れとったわ。みんなは?」
 太郎の『みんな』という言葉に、かなえは顔を上げた。全員が揃っている。
「おるよ。大丈夫」
 そう言って、かなえは晴代に代わった。親のことは、親同士で。新一はまだ息が上がっており、良太は呆然としていて、夏也が自分の家を中心にした騒ぎを珍しそうに眺めながら、言った。
「頼本家は、どうなってしまうんやろ」
 それを聞いていた新一が笑い出し、夏也の背中をぽんと叩いた。
「どうもならんわ」
 
−−−
 
『目処が立った』後は、『回収しました』。貝塚は、スマートフォンに表示される無機質なメッセージを見ながら、それを送っている河原の表情を想像しようとした。電話なら、声の調子で分かる。メッセージでのやり取りが主流になってからは、その微妙な響きが全く分からなくなった。いつの間にか日が暮れて 、景色は全く見えない。外を走るバスのエンジン音が聞こえ、それから数分も経たない内に、シャッターが押し上げられた。貝塚は、河原の顔に浮かんだ疲労を読み取り、労うように口角を上げて笑顔を作った。
「よう帰ってきたな。お疲れさん」
「大変でした」
 そう言うと、河原は小包を掲げた。貝塚は、二十九歳どころか死ぬ直前にすら見える河原の顔を見ながら、椅子を指差した。
「まあ、座れや。梅野は?」
「逃げられました」
 河原はそう言って、椅子の方へ向かった。貝塚は呆れたように笑った。
「あいつは、逃げ足が速い。三十六計逃げるにしかずや」
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ