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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Hardhat

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 逃げ足というよりは、切り替えが早い。ああいう人間は、それまで大事にしていたものをあっさりと捨ててしまう。その見切りの早さは、貝塚には備わっていなかった。そんな男から仕事を教わった河原も、同じだった。だから帰ってきたのだ。貝塚は、椅子の背もたれを掴んだ河原が、そのすぐ前に自分で敷いたビニールシートが広がっていることに気づいて振り返ろうとしたとき、腋の下へ包丁を滑り込ませた。小包を落とした河原は、そうなることが予約されていたように、ビニールシートの上に倒れ込んだ。心臓の鼓動に合わせて血が勢いよく飛び出し始めたとき、貝塚は屈みこんだ。分からないことだらけだが、ひとつだけ確実なことがあった。ビッグホーンは、警察署の敷地内にいる。つまり、河原はめちゃくちゃに暴れて、ここまで帰ってきたのだ。元々脳みそが軽いのは分かっていたが、これが『ヤキが回る』ということなのだろう。貝塚は、地面に落ちた小包を拾い上げた。その軽さに驚いたとき、河原が言った。
「虻蜂取らず」
 貝塚は顏を上げた。ことわざに自分が含まれていることを知ったとき、ハイパワーの銃口と目が合い、そのすぐ後ろで河原は引き金を引いた。
      
−−−
     
 普段は脚光を浴びない商店街の一店舗がニュースに載り、一週間が過ぎた。
 経過を見るために訪れた病院で、かなえは太郎が診察を終えるのを待ちながら、晴代と待合室に座っていた。自分の部屋から包丁を振り出してきた、あの恐ろしい二つの目。物流倉庫の一角で起きた事件で二人が死に、その内のひとりがあの目の持ち主だということに、ニュースで気づいた。河原拓雄、二十九歳。職業不詳。しばらくは繰り返しその顔が報道されたが、一週間を待つことなく、他のニュースに上書きされていった。夏也が六年前に遭遇していた話を全員にしたのは、つい昨日のことだ。箇条書きにして、頼本家に起きたこととして記録しておきたい。ばらばらの情報を家族がつなぎ合わせる様子を見て、ほとんどのことを知っているかなえはそう思ったが、全員が同じ情報を得た瞬間に、もうこの家には口に出せるような話題がなくなるのではないかと考えて怖くなり、ほとんどのことを言い出せないでいた。
 診察中の表示が消えたとき、晴代がスマートフォンに届いたメッセージを開いて、目を大きく開いてかなえに言った。
「大橋さんが、基金立ち上げるって。町内会で決まったみたい」
 かなえは顔をしかめた。町内会長の大橋は最重要顧客のひとりだが、値引き合戦にも積極的だった。口癖は『下げな戦えまへんで』で、言うことを聞いたら実際に戦えなくなった。
「あれだけ価格競争させといて。勝手な人やわ」
 かなえが言うと、晴代は圧倒的な正しさを目にしたように、首をすくめた。
「ごめんね」
「いくらぐらい集まるかな」
 かなえはそう言って晴代の顔を見ると、舌を出した。保険満載男の太郎は、加害者不明の人身事故についても、特約を組んでいた。不謹慎だが、太郎は自分の指の骨と時間を犠牲にして、根気よく通院しながら治療費を回収しようとしている。おそらく、別の治療費で相殺されることになるだろう。
 先に診察を終え、新一に付き添われて良太が戻って来ると、うまく曲がらなくなった指を掲げて言った。
「手術せな、治らんみたい」
「やってもらおう」
 晴代とかなえがほぼ同時に言い、顔を見合わせて笑った。新一が良太をベンチに座らせたとき、太郎が大げさな包帯を巻いた手を庇いながら出てきて、その隣を歩く夏也が励ますような表情で見上げていた。
「包帯、要る?」
 晴代が言い、向かいのベンチに座った太郎は言った。
「事故なんて、ろくなもんちゃうな」
「大橋さんがな。義援金、集めてくれるって」
 晴代が言うと、太郎は顔を縮こまらせるように、器用に眉をひそめた。
「なんの? 店のか?」
「うん。まあ、色々あったから」
 親同士の会話。かなえは、新一と顔を見合わせた。結局、この二人がやっていくことに、ついていくしかない。かなえがそう思ったとき、太郎が呟いた。
「ええ額が集まったら、店爆破しよか。火災保険あるし。さすがに怒られるかな?」
「いいと思う」
 夏也が言った。かなえは、その率直な意見に思わず笑い出した。大人の世界の決めごと。その象徴があの店で、そこは揺らがないと思っていた。もしかしたら、その呪いはもう無効なのかもしれない。見舞いに倉庫の人たちがよく来ているのは、そういう話が始まっているのだろうか。例えば、古巣に戻るとか。
「お父さんが店爆破とか、口に出すとは思わんかった」
 かなえが言い、新一はその横顔を見ながら、笑顔を噛み殺すように俯いた。良太と夏也は椅子に並んで座り、指の話を始めている。子供同士と大人同士と、その中間にいるかなえ。そして、大人の一員であるはずの、自分。新一は、太郎に言った。
「そんなん、バラエティショップよりもとがなくなったら、地元の人はどこで買い物するんな」
 太郎は、新一の言葉に圧倒されたように顔を引くと、しばらく深刻な表情を浮かべて俯いたが、突然顔を上げて、言った。
「いや、コンビニ行けや」
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ