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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hardhat

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 アクティバンはサイコロを茶碗の中で転がしているような音を鳴らしながら、容赦なくアクセルを踏み込む太郎の右足に付き合い続けた。四速で巡行しながら太郎は考え続けていたが、新一がどこにいるのかは見当がつかない上に、助手席に乗るかなえがそれを聞き出せるかも怪しかった。髪が前後に揺れるのを左手で止めながら、右手でスマートフォンを握るかなえは言った。
「お父さん、もうちょっとスムーズに走ってほしい」
「おれがやってるんちゃうわ、こんなガタガタなったか?」
 太郎は、回転が安定しないアクティのエンジンに集中力を削がれながら、通学路の近くまで来ると、一旦路肩に寄せた。
「この辺やったら、上り坂の頂点になってるとこは、見通しが悪い」
 太郎の言葉を聞きながら、かなえは周りに視線を配った。何度も電話をかけると、取らなくなってしまうだろう。電話より前に、土地勘を生かして見つけたい。
「かけても大丈夫かな」
 かなえがスマートフォンを握りしめたまま言うと、太郎は一旦うなずいたが、次の候補を思いついたように、後ろを振り返った。
「橋の側道も、よく事故が起きとる。とりあえず一回、かけてみてくれ」
     
 高速道路の出口はじれったいぐらいに遠く、梅野はスマートフォンのロック画面に表示される時間を見て、河原に言った。
「四時、いけますか?」
「ちょっと遅れるかもな。ええがな、待たせたったら」
 河原はそう言いながら、数台をさらに追い越して、強引に車線変更を繰り返した。ビッグホーンは重心が高く、一瞬でも間違えたハンドルさばきをすれば横転するのではないかと思えるぐらいに、挙動は危なっかしい。助手席ではそれが倍に増幅されるようで、梅野は額にうっすら汗を滲ませながら、看板を指差した。
「出口は、五キロ先です」
 降りてからも数分はかかる。スマートフォンの時計は、三時五十五分を知らせていた。河原は後部座席に一瞬目線を向けて、言った。
「毛布の下に包丁がある、取ってくれ」
 梅野は言われた通りに毛布をめくり、ケースに入った包丁を手に取った。河原が空いている手で促すのに負けて渡し、このタイミングで自分が刺されるはずはないという根拠のない安心感をできるだけひねりだそうとしたが、うまくいかなかった。包丁を元の位置に戻すと、梅野の心配事など意識もせず、河原は言った。
「お前、貝塚のこと信じてるか?」
「貝塚さんですか? ええ、信じてますが。河原さんは違うんですか?」
「貝塚がどこまで知ってやっとるんか、おれもよう分かってない」
 河原の曖昧な言い方は、梅野の頭にひとつの疑念を浮かび上がらせた。河原はおそらく、貝塚に何か隠し事をしている。貝塚がもしそのことに気づいていたら、無事『積荷』が回収されたところが自分の終点だと思っているのかもしれない。
「貝塚さんは、事前に全部説明するタイプやと思ってました。いつも、かなり細かく段取りされてましたよね」
「その通りや。でも、今回はかなりの突貫やった。貝塚は後始末やぐらいの感じで言うてたけどな。おれは、積荷が見つからんかったら、相当やばいことになるんちゃうかと思ってる」
「このまま逃げるとかも、河原さん的にはありなんすか?」
 梅野が言うと、河原は赤信号でつんのめるように車を停めながら、言った。
「それはない」
 梅野は、スマートフォンの時計を見た。もう世間話をしている時間はない。決められた通りに動かなければならないのだ。それでも、気にかかる言葉。
「さっき、頼本家にとって大事な物は何かって、言ってましたよね?」
 河原が首の動きだけで先を促すと、梅野は言った。
「なんで、そんなこと気になるんですか?」
「忘れろ」
 河原はそう呟いてシフトレバーを操作すると、青になるのと同時にビッグホーンを発進させた。次の交差点を左に曲がって、人気のない道をしばらく走れば、目的の駐車場跡がある。
       
 かなえは、スマートフォンの画面を見つめながら、ようやく意を決したように新一の番号を鳴らした。何を話していいのか分からない。路肩に停まっているアクティの車内は、余計に会話のヒントを奪っているように、静かだった。太郎に腹話術をしてほしいぐらいだが、父の声が聞こえた瞬間、新一は何も話さなくなるに違いないが、ずっと隣を歩いて、一緒にファミレスで晩御飯を食べてきた妹なら、少しは聞いてくれるかもしれない。手は若干震えているが、その自負は確かにあった。通話に切り替わったとき、かなえはまっすぐ座っている力をなくしたように背もたれへ寄りかかり、電話を耳に当てた。
「兄ちゃん。無事?」
 かなえは、そう言いながら思った。言葉が浮かばない。これが精いっぱいだ。
「マジで心配すんな」
 新一は普通の話し方で、無理をして平静を装っている風でもなかった。平静でないのはこちらの方だから、気づかなくて当たり前なのかもしれない。かなえがそう思いながら、外の音が入らないようにスピーカーを手で覆ったとき、新一は言った。
「これで金が手に入ったら、お前は絶対にスーパーは辞めろ。いや、バイトなんかすんな」
「そんなん、誰も幸せにならん。今もなってないから!」
 かなえは自分でも驚くぐらいの大きな声に、思わず首をすくめた。太郎は姿勢をずらせて聞き耳を立てていたが、車載時計を見て、突然運転席に体を戻すと、アクティのシフトレバーを二速に押し込んで急発進させた。かなえはヘッドレストに頭をぶつけてスマートフォンを足の上に落とし、拾い上げながら言った。
「ちょっと、お父さん!」
 スマートフォンをひっくり返して画面を見たときには、通話は打ち切られていた。代わりに店の電話からの着信数件が不在着信となって残っていることに、かなえは気づいた。
        
 実際に食らってみないと分からない。例えば、頭から転んでいるときに足を庇っても、頭をぶつけて大怪我するだけの話。おそらく、親同士の何気ない会話だったのだと思う。それは笑い話で終わらず、自分はこうしてここに立っている。どうして、自分で証明しないと気が済まないのか。新一はコンテナの裏にもたれかかりながら、高速道路や電線で刻まれた隙間から覗く空を見上げた。答えは、考えるまでもない。
 頼本家で起きることについて相談されるのは自分で、かなえが『当たり屋』の話をしてきたときも、解決策を思いつくのは自分だと思っていたのだ。早い話、自分が守っているつもりだった。かなえだけじゃない。良太も、ナツも。それが成立しないなら、毎日の努力は無になる。新一は深呼吸をした。
 午後四時二分。
 
 梅野は、ビッグホーンが港湾道路のでこぼこに舗装された道路に入ったとき、心臓の鼓動を落ち着けるように、閉じていた両手をゆっくり開いた。河原はトラ柵を蛇行して避けながら交差点で停まり、あくまで丁寧な運転に徹してハンドルを切った。ここでタイヤの痕を残したり、目に留まるような動きをするような人間なら、ここまで生き残れない。梅野は、河原の手の動きに集中した。駐車場跡までどれぐらいのスピードで、どのように走るのか。シフトレバーに手を置いた河原は、言った。
「さっき、大事な物の話をしてたな」
「ええ」
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ