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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hardhat

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「店はいいの?」
「うん、ちょっとさっき、三人で集まっとったやろ。何の話してたんかなって」
 太郎の言葉に、良太と夏也は顔を見合わせた。その不自然な顔の角度や、良太がドアの枠を力いっぱい掴んでいる様子、頭の中で百パーセント整理がついているような夏也の澄んだ目を見て、太郎は言った。
「誰かと揉めてるか?」
 新一の部屋の真向かいでドアが開き、かなえが顔を出した。
「お父さん、ただいま」
「かなえ」
 太郎が真っ白な顔色に驚いて後ずさると、夏也が反対に駆け寄り、かなえの顔を見上げた。
「姉ちゃん、どうしたん。顔色が最悪」
「最悪とか言わんといてよ」
 かなえは笑いながら、夏也の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。良太も部屋から出てきて、かなえの顔をまっすぐ見ながら言った。
「貧血?」
 かなえは首を横に振ると、顔を覆うようにかかった髪をどけて、太郎に言った。
「ちょっと調子悪くなって、早退してきた。みんな固まって、どうしたん?」
「兄ちゃんがおらんから、お父さんが気にしてる」
「ハタチのイケイケボーイやねんから、遊びにも出るでしょ」
 かなえが目をこすりながら言うと、夏也が首を横に振った。
「そんなんとちゃうねん。こないだの夜はごめん。心配かけて」
 良太が表情を強張らせた。夏也は部屋の中へすたすたと戻ると、紙を手に持ってかなえの前まで戻ると、言った。
「独裁はあかんって、姉ちゃん言ってたやん。僕もそう思った。勝手に決めるのはおかしいって」
 かなえは、夏也から手渡された紙に、恐る恐る目を通した。四人の名前が書かれていて、それぞれの特徴が箇条書きになっていた。
 太郎 受け身が下手  
 新一 受け身が上手  
 良太 受け身が上手 経験済
 夏也 受け身が下手 希望の星
「兄ちゃんは、わざと轢かれるなら、自分が一番適任やって。お父さんは泡沫候補? って言ってた」
 かなえは、その紙を握りしめたまま、太郎の方を向いた。
「お父さん……」
 太郎の顔色にも、血の気は残っていなかった。晴代と話していた内容は、いつの間にか子供に伝わっていた。もちろん、晴代と話したことは冗談ではなかった。新一とかなえが自由に過ごせるようになって、あと数年、その状態を維持できれば。とにかく、今の状態から脱する何かが必要だったのだ。太郎は、良太と夏也の手を引いて、食卓のテーブルを囲むように座らせた。太郎はそのまま腰を下ろし、かなえが最後に座った。太郎は言った。
「新一は、どこで何をしようとしてる」
「梅ちゃんの仕事仲間が通るところに、飛び出すって。どこかは言ってくれへんかった」
 夏也がそう言って、かなえの方を向いた。かなえは夏也に硬い笑顔を向けると、スマートフォンを手に持って、新一に電話をかけた。太郎は自分が会話を始めたら何も進まなくなってしまうということを、頭のどこかで理解していた。店という大きな子供を世話している間に、本当に守るべき子供たちの世界には入れなくなってしまった。
 通話が始まり、かなえは目を少しだけ大きく開くと、言った。
「兄ちゃん、外出てんの?」
「おう、ちょっとな。あれ? お前仕事は?」
「倒れてさ、早退してん」
 かなえはそう言って、転倒したときに床にぶつかった左腕を無意識に庇った。
「マジか。ちょっと休んだほうがええわ。かなえ、あのな」
「聞きたくない」
 かなえが遮ると、新一は笑った。
「まだ、なんも言うてない」
「先に、わたしの話を聞いてほしい。兄ちゃん、選挙で決めた?」
 かなえが言うと、雑音すら消えてしまったように、電話の向こうが静かになった。新一はしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。
「ナツを納得させるためや。あと、お前もこれ以上バイト漬けになるんは、厳しいやろ。他になんか方法があったらええけどな」
「どうやってやるつもりなん」
「梅ちゃんの仕事仲間に、やんわり当たってもらうわ。そいつからしたら、災難やろけど」
 かなえは、自分以外の三人が口を開かないよう、目で制した。この会話は、二人の間でしか成り立たない。自分以外の誰かが入り込むと、新一は絶対に黙ってしまう。
「兄ちゃん、今どきさ。ドラレコで全部分かるんやで」
「梅ちゃんは、ついてないってよ。実際、骨董品みたいな車やで」
「いつやるん? わたしは止めへん。でも、わたしに楽をさせるためとか、そうやって理由にするんはやめてよ。自分のことだけ考えても、同じことできる?」
 かなえは言った。電話の向こうで新一がうなずいたのが、なんとなく分かった気がした。
「するよ。おれも楽したいからね。四時に通るって、さっき連絡来たわ。ほな、見舞いには来いよ」
 そう言って、新一は電話を切った。かなえが真っ暗になったスマートフォンの画面を呆然と見つめていると、良太が言った。
「おれ、事故は家族に迷惑かけるだけやって、思ってた」
 そして、白い小包の話を始めた。夏也が、初めて受ける授業のように目を見開いて集中し、その内容を頭に刻むように規則的に瞬きを繰り返した。かなえは太郎の横顔を幾度となく見つめた。そして気づいた。自分の隣に座る男は、まぎれもなく父親だと。ここ数年、その表情をじっくりと眺めることはなかったし、客の前では常に笑顔だったから、仕事以外での本音の顔は、あまり見たことがなかった。太郎は、良太の話を遮ることも、否定することもなかった。ただじっと、耳を澄ませていた。
「兄ちゃんは、代わりに返すって言ってたのに」
 良太は納得がいかない様子で言うと、太郎の顔を見た。
「それをダシにして、当たり屋をやるつもりや。成功したら返すってことやろ」
 太郎が言ったとき、かなえのスマートフォンが光った。新一からで、メッセージに画像が二枚添付されていた。
『古い車やろ。こいつにぽーんといってもらうわ』
 そのメッセージを、かなえは太郎に見せた。太郎は立ち上がって一階に下りると、晴代に言った。
「今日はもう閉めるぞ。家族の一大事や」
 かなえは上着を羽織って追いかけ、一緒に下りてきた夏也を手で止めた。
「ナツ、良太と家におって。お願い」
「写真を見せてほしい」
「後で見せるから。ちょっと待ってて。な?」
 かなえは疲れた顔を見せないように、表情をできるだけ大げさに作りながら言った。夏也はうなずいて引き下がり、良太が引き取るように、その肩に手を置いた。太郎は、自分の隣を歩くかなえに言った。
「お前も家におれ」
「わたしの電話しか取らんと思う」
 かなえはそう言って、太郎より先にアクティの助手席へ乗り込んだ。
       
 昼の三時半。ビッグホーンが道路脇に停まるのを見た梅野は、深呼吸して歩き出した。いよいよだ。河原と二人きりになる瞬間が来たが、もう避けようがない。運転席から身を乗り出した河原が、急かすように助手席側のドアを開けて、眉をひょいと上げた。梅野が乗り込むなり、スナック菓子だけを噛んできたばらばらの歯を見せながら言った。
「暗い顔やな。いつもの愛嬌はどこ行ってん」
「緊張してるんですよ」
 梅野が言うと、河原は鼻で笑った。シフトレバーを一速に入れて、ゆっくりとビッグホーンを進めた。
「港湾道路の駐車場跡に四時やな? まだ時間あるな」
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ