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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Hardhat

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 貝塚は昼寝から起きると、眠気を覚ますようにがらんとした倉庫の中をうろうろ歩き、スマートフォンの位置アプリを立ち上げた。去年導入したばかりのGPS装置で、ビッグホーンの位置が地図に表示されるようになっている。ラーメン屋で停まっていることに気づいた貝塚は、呆れたように笑った。
   
 スマートフォンが大きな音を立ててメッセージの着信を知らせ、梅野は慌てて上着で覆った。ネットカフェの中は静かで、その反面、ずっしりと重い体に残る疲れがより強く意識に食い込んで来る。ビッグホーンのタイヤに押しつぶされそうになってから今日まで、あっという間だった。メッセージは河原からで、『三時半に拾うから、場所を教えろ』と簡潔に書かれていた。あまり離れすぎても怪しまれるが、港湾道路の前で待ち合わせをするわけにもいかない。このネットカフェの周りは人通りが多いから、その中間地点がいい。河原と二人きりで車に乗る時間は、できるだけ短縮したい。
 河原が来るということは、新一にとってはあまり良くない展開だ。梅野は、河原に合流場所を返信しながら思った。新一からすれば、ビッグホーンの運転手はおれの『仕事仲間』で、それは間違ってはいない。問題は、単に車にぶつかることしか想定していないということだ。そして、河原は相手が『積荷』を持っていて、受け渡しの場だと思っている。他に不安要素があるとすれば、新一が当たり屋の下りをぺらぺらと話したときに『梅野』という名前が出たときだ。河原は、それを信じるだろうか。もしそうなれば、こっちとしてはあまりいい展開ではない。瀕死の重傷を負って、河原が場所を聞き出した後、余計なことを言う前にくたばってくれればいいが、そんな都合よくはいかないだろう。しかし、あれこれ考えても時間は同じ速度で過ぎていく。
 どの道、完璧な計画というのは、存在しないのだ。

 かなえがアルバイトをするスーパーは、三階建ての大きなショッピングモールの一階で、全てがマニュアル化されている。しかし時々、そんなマニュアルでは一行しか表現されていない事態が発生することがあって、今起きている事態もまさにそれだった。マニュアルには『迷子のお子さま』とだけ書かれているが、実際に相手をしてみれば、そんな一行で片付けられる相手であることは、まずない。そしてかなえは、バイト仲間から『お子さまマグネット』と呼ばれていた。迷子に頼られるのは、オレンジのエプロンを巻いて棚に並べているときが最も多かったが、シフトが終わって帰る途中に遭遇したこともあった。不思議なのは、迷子になったはずなのに、子供が必ずかなえのいるところへ辿り着くということ。
「ママの手を離さんでね」
 かなえが膝立ちになって言うと、『四歳』とだけ名乗った女の子は泣きながら何度もうなずいた。後ろには母親が立っていて、娘の両肩を落ち着かせるようにゆっくりと揺すりながら、かなえに頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
 スーパーに買い物に来たわけではなく、母娘は三階の雑貨屋を回っていたところだったが、目を離した隙に娘がエレベーターの方へ歩いていき、乗ってしまった。降りたフロアが分からず、母親が走り回って探し始めてすぐに、娘は食料品売り場でピーマンを並べているかなえを探し出した。そして、母親が『本当にありがとうございます』と言ったのは、これで四回目だったが、女の子はかなえのエプロンをしっかり掴み、離れようとしなかった。かなえは膝をついたまま、笑顔で手を振るタイミングを窺っていたが、そこに到達するには、まず手を離してもらう必要があった。
「一緒にいこ」
 女の子が言い、かなえの笑顔が母親に伝わって、苦笑いになって戻ってきた。
「なにを言うてんの、困った子やわ」
 母親が言い、女の子の肩をぽんぽんと叩いた。エプロンを掴む手の力が少し弱まり、かなえはそうっと体を離すと、手が離れたところで立ち上がった。まっすぐ立ったつもりだったが、景色がぐらりと歪み、目の前の景色がずらりと並ぶ天井の蛍光灯に変わった。
 医務室で目を覚ましたとき、かなえは立ち眩みで倒れたということに気づいた。一緒に付き添ったバイト仲間の野見が、目を開いたかなえに気づいて、椅子の上でぴょんと跳ねた。
「大丈夫?」
「はい。わたし、倒れました?」
 かなえが言うと、一歳年上の野見は何度もうなずいた。
「わたしの目の前で、電池切れたみたいに倒れてんで。今日は帰った方がいいよ。かなえ、マジで働きすぎ」
 まだ、四時間以上ある。かなえが体を起こそうとすると、野見は背中を支えながらも、説得するように顔を覗き込んだ。
「戻ったりせんよね」
「はい、帰ります」
 かなえはそう言って、エプロンを脱いで畳んだ。野見はしばらく間様子を見ていたが、かなえがロッカーからリュックサックを出すところまで見届けて、店内へ戻っていった。 リュックサックの紐に腕を通しながら、かなえは思った。自由時間というのは、バイト先や学校と家までの間にある道で過ごす時間。新一が隣にいるときもある。でも、四時間も外で時間を潰したことがない。
 こんな時間に家に戻って、一体何をすればいいのだろう。
    
 昼の二時、客足が落ち着いたところで、太郎は言った。
「ちょっと、客の相手頼めるか」
 朝開店してから、夜シャッターを下ろすまでの間、ずっと一階にいた。それでいて、店をやり始めてからずっと、仕事に出ているという感覚は薄かった。朝起きて食事を終え、一階に下りるとそこは店で、レジの後ろに座っていると商品を求めて客がやってくる。仕事と家が混ざり合っていることで、家で過ごした時間との区別がつかなくなっていた。そんな状態のまま、商店街の面々と朗らかな付き合いを続けて、ここまで来た。新一とかなえは、自分のことを自分でこなすだけでなく、家計をかなり助けてくれている。新一に買ってやれなかったものや、かなえを連れていけなかった場所。良太と夏也に対しては、同じではいけない。そう思っていても、同じ店で同じ物を売り続けている以上、その売り上げがある日爆発的に伸びたり、新しい商品を取り扱うようになったり、状況が大きく変わることはない。六人家族にはやや足りないという状態がこの先も保証されている代わりに、改善も見込めないという状態。
 店の規模を少し縮小して、晴代が別の場所へパートに出るという案もあったが、店の売り上げは一円も落とせない。太郎は乱雑に散らかった一階の物置を見て、顔をしかめた。時折、段ボール箱を統合して古いのを捨てたり、それなりに整理めいたことをしていたが、今日は特別散らかっているように見える。靴を脱いで二階への階段を上がり、太郎は台所を覗き込んだ。朝揃っていた三人は、さすがに見当たらない。良太と夏也は部屋を共有しているが、気味が悪いぐらいに静かだ。太郎は、新一の部屋をノックした。
「新一、ちょっといいか?」
 返事はなく、ドアを何度かノックしていると、夏也が部屋から出てきて、言った。
「兄ちゃんは出かけた」
「そうか」
 太郎はノックをしていた手を止めると、夏也の顔を見下ろした。こんなにしっかりした表情を浮かべているのは、見たことがない気がする。後ろから良太が顔を出して、言った。
作品名:Hardhat 作家名:オオサカタロウ