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Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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10話『奪われた腕輪』




 風を切って、青空に溶け込む空色の竜が力強く羽ばたく。

 長らく雲の上を高速で飛んでいた空竜は、いよいよ目的地に近付き下降を始めた。
 雲を突き抜けた空竜の眼下には、今、緑の森が一面に広がっている。

「わあーっ!」
 ようやく顔を出しても良いと言われたリルが、朝の澄み切った空気の中で、涼しい風をめいいっぱい浴びる。
 朝日に目を細めて、嬉しそうに風と戯れていたリルが、行先にキラキラと輝くものを見つけた。
「湖だーっ!」
 思わず乗り出そうとするリルの背を、久居がしっかりと掴んでいる。
 身を乗り出さないよう、落ちないようにとは言い含めたものの、久居は念の為、出立時のようなことが起こる前提で動いてるようだった。

 広い湖の湖面では、朝日が光の粒となり、揺らめいている。
 湖畔に建つ一軒の家。あれがリル達の目的地だった。
 空竜が近付くにつれ、風で湖面は波立ち、光の粒が躍り跳ねる。
「クオォォォン」
 空竜は、到着を知らせるように一声鳴いた。

 その声に、家の中で今か今かと待ちわびていた女性の長い耳が跳ねる。
「来たわ!!」
 女性は勢いよく立ち上がると、外へと飛び出した。

 先に地に降り立った久居が、空竜から続いて降りようとするリルの手を取る。
「足元、気をつけてくださいね」
「はーい」
 そこへ駆け込む軽やかな足音。
「いらっしゃい!」
 見知らぬ女性は、満面の笑みでガシッと手を取る。
「あなたがクザンの息子ね! 会えて嬉しいわ!!」
 ぶんぶんと両手で掴んだ手を振りながら、彼女は言った。
「私はカロッサ、よろしくね!」
「ええと……」
 突然の歓迎に、久居は掴まれた手に戸惑いながらも口を開く。
 後ろでは、リルが同じく困った顔をしていた。
「御出迎え有難うございます。私は久居と申します」
 久居は礼儀正しく頭を下げて、隣のリルへ手の平を向ける。
「こちらがクザン様のご子息の……」
「リルだよっ♪」
「です」
 にっこりと微笑むリルに、久居が語尾を訂正する。
「あ」
「目上の方には敬語を使いましょうね」
 空竜の上で、繰り返し練習していたにもかかわらず、リルはそれをすっかり忘れて喋った。
「リ、リルですっ、よろしくお願いします」
 言い直し、ペコリと頭を下げたリルに、カロッサと名乗った女性がようやく自分の間違いに気付いた。
「……え?」
 カロッサは、自分よりも小柄な、まだ十歳にも満たないほどに見えるその顔を覗き込む。
「えーと……? 君が……クザンの息子……?」
 そう言えばそうかも知れない。妖精と鬼では、成長速度が違う。
 けれど、妖精が産んだのだから、そこはもうちょっと、こう、育っているようなイメージがあった。
 それに、来るのは十七歳の男の子だと聞いていた。
 これではまるで……。
「女の子じゃないの?」
「うん、男の子ー」
「です」
 語尾を久居に訂正されて「あ、また敬語忘れちゃった」とリルが慌てて言い直す。
「男の子、ですっ!」
 カロッサは久居を見上げて尋ねた。
「……じゃあ君は……?」
「私は、クザン様の血縁者ではないのですが……」
 久居は彼女に丁寧に説明した。