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Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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 湖畔の家では、既にテーブルが整えられ、お菓子が並んでいた。
 二人を座らせたカロッサは、二人の前にお茶を出すと、苦笑を浮かべながら自分も席についた。
「あはは、ごめんね。すっかり勘違いしちゃって」
「いえ、お気になさらないでください」
 リルは、お茶を飲みたい様子で「あつあつー」と言いながら、カップの中へ懸命に息を吹きかけている。
 ようやく体を元の野うさぎサイズに戻せた空竜が「キュイー」と鳴いてカロッサの頬に擦り寄った。
「久しぶりねー」とカロッサがそんな空竜の頭を撫でる。
 三年前まで、空竜はここでカロッサ達と暮らしていたのだろう。
 二人の再会を喜ぶ様子を、久居は酷く羨ましい気持ちで見つめた。
「どうかした?」
 久居の視線に気付いたカロッサが、久居を振り返る。
「あ、すみません。カロッサ様は大きな翅をお持ちだと、リリー様より伺っていたもので……」
 久居は、まさか再会が羨ましいなどとは口に出来ず、誤魔化した。
 カロッサの姿は、髪や瞳の色こそ目に鮮やかな紫をしていたが、リリー達のような翅などは見当たらず、人間に近い外見だった。
「ああ、これね」
 言って、カロッサが背を見せる。
 ふわりと、蝶のような大きく美しい翅が、触角が、長く横へ伸びる柔らかそうな耳が姿を表した。
「わー、きれーいっ」
「外に出るために仕舞ったままだったわ」
 カロッサは笑って言った。
「それ、出したり入れたり出来るの?」
「リル、敬語を……」
 わくわくとした表情で尋ねるリルに、久居がそっと注意する。
「ああ、リリーは里暮らしだから隠す必要がないのね。これは、普段見えないようにしてるだけで……」
 とそこまで説明して、カロッサの表情が凍り付く。
「……って、まさか……」
 だらだらと冷や汗をたらして、カロッサが問う。
「リル君の帽子って……」
 尋ねられたリルは何が何やらという顔をしているので、久居が代わりに答える。
「ええ、耳と角を隠しています」
 ガタンと立ち上がり、カロッサが叫んだ。
「ええええええええ!! 引っ込められないの!?」
「え? 引っ込められるの?」
 キョトンとした顔で、リルが尋ね返す。
 カロッサは不安を隠しきれずにうなだれた。
(うーん、大丈夫かしら……)
 そんな様子に、久居は、これ以上待つべきでないと判断し、本題に踏み入ることにした。
「あの、こちらにヨロリ様というお方がいらっしゃると伺ったのですが……」
 カロッサの紫の瞳が大きく揺らいだ。
「……ええ、居たわ」
 カロッサが、ゆっくりと椅子を引いて座り直す。
「三年前までは、ね」
「――……え」
 久居の表情に焦りが浮かぶ。
「そ……、それでは……」
 脳裏を、血塗れの主人の顔が過ぎった。
「あ、心配しないで、凍結の解除方法はちゃんと聞いてるから」
 カロッサが、顔色を変えつつある青年に、慌てて手を振って答える。
 ホッとする久居に、カロッサは続けた。
「ただ、その前にちょっとやってもらいたい事があるのよ」
 久居は、クザンの言葉を思い出す。
『あのじーさんの事だ。お前らを何かに利用するつもりだぜ……』
 クザンは、困ったような、けれどどこか懐かしそうな横顔でそう言った。
 その言葉通りというだけだ。久居には心づもりができている。
「はい、覚悟は出来ています」
 真剣な表情を向けられて、カロッサはほんの少し驚いた顔をした。
「あら、話が早いわね」
 カロッサは、さっきからずっと、空竜ともふもふ戯れている少年へと視線を移す。
「えーと、それで……リル君は聞いてる?  話……」
「え?」
 リルは、ほわりと可愛らしい笑顔を見せて尋ねた。
「何の話ー?」
 カロッサは(本当に大丈夫かしら……)と心配せずにはいられなかった。
「申し訳ありません。リルには私からよく話しておきますので……」
 久居が懸命に謝罪する。
 ここで信頼を得られない事には、この先に繋がらない。
「あなた達には、こんな腕輪を取り返してほしいの」
 カロッサは気を取り直して一枚の紙を差し出した。
 そこには、流れる雲を模したような彫金がされた、ふっくらとした幅のある腕輪が描かれていた。
「取り返す……のですか」
 取り返す。という事は、奪われたという事だ。
 この腕輪は、奪われるほどの価値がある物だと言える。
「ええ、と言っても、盗られたのは私じゃなくて、リル君と同じくらいの歳の女の子なんだけどね」
 その言葉に、リルがようやく興味を示す。
「顔までは分からないけど、居場所は大体分かるから、まずはその女の子を探すところから始めてもらえるかしら」
「はい、分かりました」
 久居が答えると、リルがワクワクした表情で尋ねた。
「その女の子ってどんな子なのー? 人間ー?」
「多分人間ね。性格まではちょっと分からないわ」
「あれ? カロッサのお友達じゃないの?」
 不思議そうに首を傾げるリルに、久居がそっと注意する。
「リル、敬語を……」
「あっ」
「久居君、もういいわよ、気にしないで」
 そんな二人を、カロッサが苦笑しつつ宥めた。
「知り合いでもないわね。むしろ相手にはこちらが相手を知っていることは伏せておいた方がいいかも……」
 カロッサの言葉に、久居は違和感を強める。
 まるで、直接的な関わりは無いかのように聞こえた。
 そんな関わりのない方の手助けを、私達が……?
「あくまで偶然を装って、手伝ってきてほしいの。お願いできるかしら」
「かしこまりました」
 疑問は山ほどあったが、それを問うほどの信頼関係はまだ無いと判断し、久居はただ指示に従うことにする。
「なんで内緒なの?」
 しかし、リルは素直な疑問を素直に口にした。
「ちゃんと仕事を終えたら教えてあげるわ」
 カロッサは、気を悪くする様子もなく、ウインクを一つ投げて答える。
「今はまだ秘密よ」
「ええー……」
 リルは不満そうだったが、久居はその反応にホッとした。
 彼女は最初からとても友好的で、親しげに接してくださっている。
 どうやら、答えられない質問はあれど、彼女には質問自体を拒否する気はないようだった。