Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚
「腕輪ってのは、これだろう?」
言葉とともに手渡されたそれを、黒髪の少女……と呼ぶべきか女性と呼ぶべきか、微妙な年齢に見える黒髪の女が受け取る。
月明かりに、きらりと輝くぽってりとした丸みのある腕輪には、雪の結晶の模様が刻まれていた。
「……間違いない」
じっとそれを確かめてから、女は懐からずっしりと重みのある袋を出し、腕輪を渡してきた男の手に落とした。
「報酬……」
「ああ」
受け取った男がその中身を確認しながら、チラリと女を振り返る。
「その腕輪に、こんな価値があるようには見えんがな」
「……」
長い黒髪を三つ編みに結い、右肩から前へ垂らしている女は、そんな男に視線だけを返す。
男がそんな風に思ったのは、おそらく相手に力を使われる前に、奪って来れたからだろう。
しかし、女には、この腕輪の価値を男に伝える気はカケラもなかった。
「……」
返事の戻りそうにない女を見て、男は思う。
おかしな奴にはなるべく関わらないのが一番だ。と。
こんな仕事をするようになってもう随分と経つ男は、経験からそれを分かっていた。
目の前の女は、ローブで全身を覆っている事を除けば、一見どこにでもいる女の顔をしていた。
が、少なくとも、こんな額の金をひょいと渡せるような奴は、普通であるはずがない。
男はそれ以上何を言うでもなく、その場を後にした。
(これで二つ目……)
女はその背を見送りながら、手の中の腕輪を確かめるように握り直す。
(これを持って帰ったら、きっと父さんが喜ぶ……)
誰も居ない路地裏で、喜ぶ父を想いそっと微笑む女は、とても純粋で幼い表情をしていた。
(待っていてね、父さん)
すっかり昇った月を見上げて、黒髪の少女は夜空に微笑んだ。
作品名:Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都