Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚
ドン! という音は、腹の底に響くような音だった。
クリスの手を掴んだままのリルと、掴まれたままのクリスが、同時にそちらを見る。
家々の向こうから、黒い煙が夜空へのぼってゆく。
リルは聞き覚えのある音に、青ざめる。
(今の……、確かに炎の音だった。お父さんが炎で攻撃するときの音……)
「行くわよ!!」
クリスが駆け出そうとする。
しかし、リルはクリスの手を掴んだまま、その場から動こうとしない。
「どうして!? 久居さんは、リルにとって大切な人なんでしょ!?」
ほんの数日共にしただけのクリスにだって分かるほど、二人はいつも互いを大事にしていた。
「それはもちろん、そうだけど……」
リルは、自分が行ったところで、何の役にも立たないだろう事を知っていた。
むしろ、足手まといになるだけだろう。リルは、自分が久居の迷惑になってしまうことが、一番怖かった。
「もういいわ! 私だけ行くから!!」
クリスは黙ってしまったリルの手を、思い切り振り払った。
(腕輪のせいで人が死ぬのは、もうたくさんよ! 私が絶対止めてみせる!!)
少女は、決意を胸に走り出す。
「クリス!!」
取り残され、少女の後ろ姿に手を伸ばすリルは、その光景にあの日のフリーの背を見る。
届かなくて、止められなくて、姉は走って行ってしまった。
あの日、届かなかったリルの手は、今もまだ、フリーに届かないままだ。
「待って、クリス! ボクも行くよ!!」
泣きながら叫ぶリルの声に、クリスは足を止める。
『あんな奴置いて行こうぜ、足手まといになるだけだ』
牛乳が足元でうったえるが、クリスは躊躇わずに振り返った。
「うんっ! 一緒に行きましょ!」
あたたかく差し出されたその手を、リルはぎゅっと握って、二人は一緒に走り出す。
(久居……今行くからね……)
作品名:Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都