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Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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12話『交差する視線』



 住民が寝静まった静かな夜の街に、男達の呻き声と、打撃音が響く。
 久居は、最後の一人となったコートの男が逃げ出そうとするのを、回り込んで止めた。
 男は一瞬躊躇ったが、覚悟を決めたのか、久居へと殴りかかる。
 久居は、男の繰り出した渾身の右をかわすと、強く蹴り上げた。
 一撃で、男は立ち上がれなくなる。
 久居は、倒れた男の襟を掴むと、ぐいと引き上げた。
「あなた方は、たった一人の女の子を相手に、この人数で寝込みを襲おうだなんて、恥ずかしくないんですか?」
『たった一人』という久居の言葉に、リルは思う。
(ボクにはいつも、フリーや久居がいてくれたけど、クリスは今まで一人だったんだ……)
 リルはクリスの顔をチラリと盗み見る。
 その視線に気づいた白猫の牛乳が、クリスの肩から苛立たしげに睨む。
『俺様が居るだろーがっ!』

 コートの男は襟を掴み上げられたまま、ハハッと笑ってみせた。
「お前、あれをただの小娘だと思ってんのか?」
「……どう言う事ですか?」
 久居の問いに、男は暗く笑う。
「ま、雇われのお前らに言うはずもねぇな」

 久居の後ろでは、久居が倒した男達を、クリスが蹴り転がしている。
「な、何するの?」とおろおろするリルに、クリスは「うん、ちょっとね」と答えた。

「くそっ……いい加減離せよ!」
 男は、まだ一人も仲間が殺されていない事から、久居は人を殺すつもりがないと思っているのか、襟を掴む手を引き剥がそうと手を伸ばす。
「い゛っ!」
 男の手は、久居の手刀を受けてビリリと痺れた。
「そうはいきません。あなた達の本拠地へ連れて行っていただかねばなりませんからね」
(あなた方が持っているはずの、腕輪を取り戻すために……)
 久居はここ数日、クリスの様子を見ていたが、彼ら以外に彼女を狙う敵は現れなかった。

 考えを巡らせる久居の後ろでは、のびている男の懐から、クリスが財布を取り出している。
「お。これは結構入ってるぞーっ」と嬉しそうなクリスに、リルがどうしたら良いのか分からない様子で「あーー……」と困った声をあげている。
 牛乳は男の上に乗って『俺様が押さえとくぜっ』と協力しているつもりのようだ。

 久居はそんなクリスをチラと見ながら思う。
 彼女は意図的に街中を転々としていた。
 これを見張り無しに追うのは難しいだろう。
 となれば、やはり彼女を狙っているのはこの集団のみ……。

 久居は、先ほどからずっと感じていた視線を辿る。
 教会と呼ばれていた建物の上、大きな鐘が下がっている辺りから視線は届いていた。

 久居に見上げられ、たじろいだのはフードの少年だった。
(気付かれた!? この暗闇で……!?)
 少年は、舌打ちを残すとそこから飛び降りた。

(気配が消えましたね……)
 こちらを終始監視し続ける視線。
 それは、久居の視力を遥かに超える距離から感じることがあった。
 遠眼鏡を用いている可能性は確かにあるが、久居は、そんな物がなくとも人間よりよく見える目を持った種がいる事を知っていた。

 コートの男の手足を縛って、久居がリル達を振り返る。
「リル、敵の居場所を探ってきますので、クリスさんをお願いします」
「あ、うん」
 リルは顔を上げると、憂いの滲んだ瞳を久居に向ける。
 クリスは相変わらず、のびた男達の財布から中身を抜き取っていた。
「お。こっちも案外……」と、呟くクリスの足元では牛乳が『俺様が見張ってるぜ』と、横たわる男の顔を睨んでいる。

「……気を付けて、行ってきてね……」
 リルは、心配でたまらないという顔をしている。
「はい」
 久居は、それを少しでも安心させようと、なるべく柔らかく微笑んで返した。