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circulation【5話】青い髪

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「あ、見てラズ、これ綺麗ー♪」
 フォルテが、細かな細工の入った小さい宝石箱のようなものを拾い上げて言う。
「本当だね」
 小さな両手の平に乗せられてキラキラ光る小箱。
 それに負けないくらいキラキラと瞳を輝かすフォルテに笑顔を返す。
 私達は、また窃盗団のアジトに来ていた。
 ボロボロの室内は、床にも壁にも崩れないよう魔術補強がされていて、あちこちに魔方陣が浮かんでいる。

 最初は盗賊ギルドでロイドさんに話を聞いていたのだが、そこでデュナが窃盗団壊滅についての報酬は無いかと話を切り出した。
「残念ながら、懸賞金をかけてたわけでもないしなぁ……」
 デュナに詰め寄られて困ったロイドさんが
「そうだ。現物支給ってのはどうだい?」
 と、私達をここへ連れて来たのだった。

「これ、全部盗品なんだ?」
 瓦礫の隙間からあれこれ引っ張り出していたスカイがロイドさんを振り返って言う。
「まあ、大方そうだろうな。盗難リストにあるものは返品してゆかねばならないが……」
 と、ロイドさんが手元の書類をめくる。
 そこには、被害届けの出ている品物と元の持ち主、被害に遭った際の詳細等がびっしり書かれていた。
「何か欲しい物はあったか?」
 ロイドさんの問いに、熱心に物色していたデュナが振り返る。
「宝飾品は、届けが出てないものでも足がつくかしら」
「そうだな。換金するなら、どこにでもありそうなものをいくつか、ここから離れたところで売るべきだろうな」
 真剣に問うデュナに、真面目に答えるロイドさん。
 しかしその会話は、まるで悪事の相談のようだ。
 うーん。だって盗品だもんね……。
 私も、いくつか気になる品はあったものの、元の持ち主がいた事を思うと素直に欲しいとは思えなかった。
 ふと、顔を上げた先、瓦礫で見えなくなっている部屋の角に、気になるものがあったのを思い出す。
 そうだ、ここに確か……。
 瓦礫の隙間から覗き込む。
 こんなところに置いてたら、取り出しにくそうだなって思ったんだよね。
 そんな印象が残っていたからか、私はそこに大きな冷蔵庫が立っていた事を忘れていなかった。
「ロイドさん、冷蔵庫って盗られた方がいらっしゃいますか?」
 私の声に、ロイドさんが書類をめくる。
 スカイが「冷蔵庫?」とこちらに駆け寄ってきた。
「えーと、冷蔵庫冷蔵庫……と。……盗品の申請はされてないな。それにするかい?」
 種類から目を離してこちらを見るロイドさんが、温かく微笑む。
「ここにずっと置いてあったんだな。
 ほら。移動させるとこんなに床の色が変わってる」
 スカイが、いつのまにか瓦礫を避けて、ほんの少し冷蔵庫をずらして見せた。
「中はほとんど空みたいだけど、ちゃんと動いてはいるみたいだな」
 そのまま内部を点検している。
 フォルテも一緒に中を覗き込んでいた。
 ということは、窃盗団の人達がここで長く使っていた品物なんだろうか。
「その大きさの冷蔵庫なら、価値的には十分だわ」
 デュナがこちらに来て満足そうに頷いている。
 十分というか、十二分過ぎる気がするけれど……。
「本当に、こんな高価なものいただいちゃっていいんですか?」
 ロイドさんを振り返ると、大きな頷きが返ってきた。
 家にこんなに大きな冷蔵庫が来たら、今回のようにフローラさんを長期一人にする時も、冷凍庫と併用して相当保存食のバリエーションが増やせるだろう。
「嬉しそうね」
 ポンと肩に手を乗せられるとデュナが私を面白そうに覗き込んでいる。
 頭がレシピでいっぱいだった私の口元は、いつの間にかゆるんでいたらしい。
「貰える物は遠慮なく貰えばいいのよ」
 デュナが、ヒビの残った眼鏡をキラリと反射させて言う。
「どうやって持って帰るかだよなー……」
 自分が背負う事を考えているのか、スカイが首を捻っている。
 それをさすがに家まで持ち帰るのは難しいと思うけれど……。
「出立に合わせて、こちらで馬車の手配をしておこう。
 帰りはそれで戻るといいよ」
 ロイドさんのありがたい申し出に、デュナがすぐさま問い返す。
「馬車代はどうなるのかしら?」
 短く刈り上げた頭に褐色の腕を回すと、ロイドさんは苦笑を浮かべながら答えた。
「謝礼として、盗賊ギルドで持とう」

 金属板が紡ぎ出す一筋の旋律。
 フォルテが貰ってきたあの小さな宝石箱は、オルゴールになっていた。
 そろそろ見慣れてきた宿の部屋で、フォルテはベッドの上に転がってオルゴールの音を聞きながら、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。
 そこへスカイが帰ってくる。
「ただいまー」
「おかえり」
 ちょっと遅れて、フォルテもぽてぽてと寄ってくる。
「スカイ、おかえりぃ……」
 まだ眠そうに目を瞬かせているフォルテの頭をスカイがポンポンと撫でた。
「おう、ただいま」
 あの後、私達は買い物をして宿に戻ったけれど、スカイは技の練習をしに盗賊ギルドへ行っていた。
「もうちょっとでモノに出来そうなんだけどなぁ。明日か明後日にはってとこかなぁ……」
 悔しそうに呟くスカイ。
 その表情に、本当は今日中に技を体得してしまいたかったのだろうな、と思いつつ声を掛ける。
「怪我したところはない?」
「おう。さすがに怪我はなくなったな」
 ニッと笑って腕を振り上げてみせるスカイを見上げて、フォルテがやっと思い出したという顔をした。
「あ、のね。スカイ……」
「うん? どうした? フォルテ」
 軽く俯いて口ごもるフォルテに、スカイが優しく返事をする。
「スカイに……聞きたい事があるんだけど……」
「そういや前にもそんなこと言ってたな。どうした? 何でも聞いていいぞ?」
 視線を合わせるべく、フォルテの前に屈み込むスカイ。
「どうして……スカイは盗賊になったの?」
 人好きのする、スカイの爽やかな笑顔が途端に凍りつく。
「ど……、ど、うしてだろうなぁ……?」
 ……まさか、誤魔化すつもりじゃない……よね?
 スカイの泳ぐ目が、私の視線に捕まって、仕方なさそうにフォルテに戻る。
「なんて言えばいいかな……」
 考えあぐねた風に頭を押さえるスカイを、フォルテが心配そうに覗き込む。
「そう、詐欺にあったんだ」
「詐欺?」
 その言葉に、フォルテが首を傾げた。
「俺は、剣士になるつもりだったんだよ」
「へー」
「だから、学校を卒業したら、すぐトランドへ向かったんだ」
「うん」
 トランドはこの国で唯一の城下町だ。
 つまり、この国で騎士団が存在するのはここだけだった。
 当然、騎士を目指す人達の第一歩である剣士のギルドがあるのも、トランドだった。
「ねーちゃんはまだ自分のパーティーで忙しかったし、俺は乗合馬車でトランドまで行ったんだけどさ、その馬車に、盗賊ギルドの人がいてな」
「うん」
 律儀にひとつずつ相槌を返すフォルテを前に、一筋の汗を流しながらスカイが説明を続けている。
「その人が、俺が剣士になるって話を聞いたら、なんか物凄い熱烈にスカウトしてくるんだよ」
 数日、同じ馬車で過ごしてスカイの器用さや身のこなしを良く見ていたらしいその人物が、スカイには剣士より盗賊が向いていると、才能があると、丸一日近く説得したらしい。