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circulation【5話】青い髪

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 デュナの後ろでは、スカイがあからさまに歯痒い表情でそれを見ている。
 なんとかこの状況から抜け出さないと……。
 このままではミイラ取りがミイラになってしまう。
 背後にいるはずのフォルテを見ようとして、少しでも首を捻ろうとしたところを、首筋に添えられた刃に止められる。
 私は今、一人の男に羽交い締められた状態で、もう一人の男からナイフを当てられていた。
 ロッドはまだ握っている。よね?
 右腕は男に抑えられていて動かせなかったが、グローブ越しにいつもの木の感触を確かめる。

 マントと背中の間にロッドを隠すようにして、口に出さないよう注意しながらロッドの先に光球を作る。
 バンダナの男が、デュナの顔に手を伸ばす。
 デュナは首を縮める事も無く、真っ直ぐに男を睨み返している。
 男は無造作に、するりとデュナからヒビの入った眼鏡を奪った。
「なんだ。眼鏡を外すと美人じゃないか」
 男の嘲るような声に
「眼鏡の良さが分からないなんて残念な人ね」
 と、デュナが軽蔑の眼差しで答える。

 デュナの態度に、男が激昂したのが後姿からも分かった。
 斜め上から振り下ろされた拳に、デュナが肩から床へと叩き付けられる。
「ねーちゃん!」
 駆け寄ろうとするスカイを男が一喝する。
「動くな!! お前等は自分達の置かれた状況ってやつが分かってねぇらしいな……」
 不気味に響くその声。じりっと倒れたデュナに近付くその男の影に恐怖を覚える。

 光球を放つなら、もう今しかないかも知れない。
 背後の男に撃てば、とりあえず拘束は解かれるだろう。
 ……マントにも穴が開くのは確実だけど。
 問題はナイフの男からすり抜けられるか……。

 多少の怪我は仕方ないとして強引に抜けるしかないかな。
 首がすっぱりいかなきゃいいなぁ……。

 その時、背後で可愛らしい声がした。
「うーん……?」
「フォルテ!」
 思わず力いっぱい振り返りそうになる。
 首筋の冷たい感触が、一瞬熱く感じる。
 あ。ちょっと切れちゃったかな……。

 目を覚ましたフォルテが見たのは、そんな光景だった。

 拘束され、首筋に当てられたナイフから一筋の雫が零れる私。
 床に倒され今にもバンダナの男に圧し掛かられそうなデュナ。
 その奥には傷だらけのスカイ。

「あ……ああ、あ……」
 その小さな声が震えて掠れる。
 視界にはフリルの付いたピンクのスカートの裾までしか入らず、フォルテの表情までは見えなかったが、今、あのラズベリー色の大きな瞳にはきっと大粒の涙が浮かんでいる。
 そう確信すると、胸が締め付けられて居ても立ってもいられなくなる。
「気にするな、そいつは動けねぇよ」
 フォルテが目覚めた事を気にしてきょろきょろしていた私の近くの男達に、バンダナの男が苛立ちを抑えるようにして声をかける。

 確かにフォルテは、両手両足を括りつけられていたし、それで無理に動こうとしたところでその場に倒れるのが落ちだろう。
「や……」
 涙混じりのフォルテの声に、心の中で謝る。
 もうこの子を泣かせたりしないと、繰り返し立てる誓いは、いつもあっけなく崩れる。

 自分の不甲斐無さに涙が滲みそうになった時、私達は、フォルテの叫びを初めて耳にした。

「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 フォルテの泣き叫ぶ声。
 それに合わせて不気味な振動が足元を、部屋を、この街を揺らし始める。
「地震!?」
 じわじわと湧き上がるような地鳴りは、あっという間にフォルテの声をかき消すほどの轟音になる。

 ナイフを当てていた男がおろおろと辺りを見回す。ナイフが大きく首から逸れる。
 今しかない!! 
 ナイフの男から少しでも離れるように身を捻りながら、背後で羽交い締めをしている男に光球を放った。
「ぐあっ!」
 男の悲鳴。
 それと同時に両腕が自由になる。
 声に慌てて振り返るナイフの男に捕まらないよう、揺れる室内を大きく回りこんでフォルテの傍まで走る。
「フォルテ!!」
 フォルテ目指して伸ばした手を、突如現れたバンダナの男が掴み上げる。
「ああっ」
 腕を力いっぱい引き上げられて、足が地面から離れると思った途端、バンダナの男が勢いよく奥へ倒れた。

 揺れる地面に何とか踏みとどまって、足元を見ると、バンダナの男に覆い被さるようにしてスカイが倒れている。
「いってぇー……」
 砕けたままの肩から男に当たってしまったらしいスカイが、冷や汗をだらだら流しながらなんとか体を起こす。
 荒い呼吸が、時々引きつるように止まっている。相当痛みがあるようだ。
 バンダナの男は打ち所が悪かったのか、沈黙したままだった。
「あー……けど、出来たな、バックステップ!!」
 苦しいながらも嬉しそうに声を上げるスカイ。
 どうやら、あの瞬間移動のような技の名前らしい。
「ぼさっとしてないで、フォルテの傍に寄りなさい!」
 デュナがこちらへ駆け込みながら叫ぶ。
 肩には大気の精霊、障壁用だろう。

 その後ろでは、ごちゃごちゃに積み重ねられた家具が次々と倒れている。
 揺れは一層激しさを増していた。
 視界の端でキラリと何かが煌めく。
 それは、こちらへ真っ直ぐ向かってくる剣の刀身だった。
 生成りのローブが、揺れでちらつく明かりの中で部屋と同化する。
 障壁は、まだ発動していない。
 刺される!!――咄嗟に身を硬くした私の前に、大きな音を立てて岩が落ちてきた。

 て、天井が崩れた!?
 ギィンと剣が硬い物にぶつかる音がする。
 一拍遅れて、デュナの障壁が完成する。

 ふいに、部屋が真っ暗になった。
 明かり用の魔法石が落ちて割れたのだろう。

 暗闇の中、フォルテが薄ぼんやり光っているのが分かる。
 その小さな額に浮かぶ、幸運の女神の紋様。
「その紋様は……!」
 障壁に遮られ、地響きと轟音に飲み込まれる室内で、私は確かにローブの男の声を聞いた気がした。

 岩の砕けるような音。
 また天井から破片でも降ってきたんだろうか。
 続いて小さな舌打ち。そして掛け去る足音……。
 暗闇で見えなかったが、どうやらローブの男はフォルテを諦めて脱出することにしたらしい。
 何せ、ここは地下二階だ。このままここが崩れれば、私達は残らず生き埋めになるだろう。
 私達を包み込む半球状のドームのような障壁。
 いつもより随分小さく作られているのは、強度を上げる為だろうか。
「この壁で、持ち堪えられるのか?」
 スカイの問いに、デュナは
「持ち堪えるわ。絶対。あんた達を潰させたりしない」
 とハッキリ答えた。

 暗闇の中、続く振動。

 フォルテは虚ろな表情のまま、瞬きひとつせずに涙をぽろぽろと零し続けていた。
 額で淡い光を放っている紋様が、今、この災害を引き起こしているのは自分だと主張しているように見えた。

 明かりを取ろうと呼びかけた光の精霊は、この真っ暗な地下二階の周囲には一人も居ないようで、呼びかけはむなしく空振りに終わる。

 繰り返される瓦解の音。
 遠く近く聞こえてくる、逃げ遅れた男達の悲鳴。
 水の精霊で吹き飛ばした男達が溜まっていた方向へ、震える腕を伸ばそうとするデュナをスカイが止めた。