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circulation【5話】青い髪

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 その音に、こちらを見て小さく首を傾げた風の精霊が、もう一度反対側へ首を傾げ直して、そのままふわふわと外へ出て行く。開け放たれた窓から。
「行くわね!?」
「うんっ」
 デュナの声に答えて、私達も窓へと駆け出す。

 いつの間にか高く昇っていた明るい月が、小さな瓦が積み重なった家々を照らしている。
 二階から一瞬だけ地面を見下ろす。

 う……思ったより高い……。

 精霊を見失わないように、もう一度視線で確認すると、やはり加速こそしないでくれるものの、その後姿は確実に遠ざかっていた。
 バサッと白衣の裾を翻してデュナが華麗に飛び降りる。
 そのまま、ふわりと地面に風の波紋を残して音もなく着地する。

 迷っている余裕は無い。
 私も、デュナに続いて2階の窓から外へと飛び出した。
 光沢のある屋根瓦がキラキラと月の光を反射して、町のあちこちにともる灯とともに揺らめいている。
 ほんの一瞬。まるで夜の海に飛び込んだかのような錯覚を受ける。

 精霊の少女とは違って、そのまま平行には進めなかったが、重力の干渉を受けた私の足は、デュナの起こした風の助けを得て無事地面に降り立った。
「こっち!!」
 浅緑色の長い髪を風になびかせながら、気持ち良さそうに夜空を飛ぶ精霊の少女。
 その姿から、なるべく目を離さないようにして駆け出す。
 私がここで見失ったらおしまいだ。緊張感にほんの少し息苦しくなる。

 ぐねぐねとした細い通りを精霊を見上げながら走る。
 途中で何度も柱や物陰にぶつかりそうになる。

 もうちょっと降りてきてくれたらいいのに……!

 精霊は、私達の事などまるでお構いなしに、部屋を出た高さのままで飛び続けていた。
 3段ほどの階段を飛び降りて、小さな公園を突っ切る。
 デュナには見えていないのだから、私がデュナより前に行くしかないと分かってはいても、曲がり角を曲がる度、曲がった先にあの男が待ち構えていたら……という恐怖心が繰り返し私の足を止めようとする。

 そんな自分の弱さと必死で戦っていると、デュナが後ろからぽんと帽子を叩いた。
「大丈夫よ」
 何が、とは言われなかったが、それだけで一気に視界が広がったような気になる。
 うん、大丈夫。スカイとフォルテがきっと私達を待ってる!!
 そう思うと、足まで軽くなったような気がした。

 フォルテの後を追ったときと同じ程度の距離をとった場所に、彼は居た。
 おそらく、このくらいの距離が彼にとって精霊を派遣しやすいのだろう。
 あまり離れて報告の時間が遅れても、逆にあまり近くて居所がバレるようでもいけないからか……。
 と、理解しつつ後ろに下がる。

 私達の足には今日と同じく風の精霊が付いていて、足音が無い。
 そのおかげか、まだ彼は、私達に気付いていないようだった。

 後退った私に気付いたデュナが、軽く指先を振る。
 それを合図に、デュナの発注を受けていた大気の精霊が、ぐるりと私達を薄い空気の膜で覆った。

 ……なんだろう。この魔法は……。

 確か、以前にも一度見た事があったんだけど……。
 ええと……あれは、スカイが大熊の群れに突っ込んでしまった時だっけ?

 まあ、スカイが頭から危険地帯へ突っ込む羽目になったのは、デュナが飲ませた怪しげな薬品が原因だったわけだけど……。
 記憶を辿っていると、デュナが隣でウィンクして、微かな声で説明する。
「向こうに振動を伝えないようにして、私達の気配を隠したのよ。あの男は鼻が利きそうだから、ね」
 ああ、それで結局あの時スカイは、そろりそろりと大熊の間をかいくぐって逃げてきたんだっけ。

 姿勢を低くして、物陰に隠れているデュナを見る限り、姿が消せるわけではないようだし、私も倣って身をかがめた。
 といっても、この夜闇の中では、真っ白な白衣のデュナと、全身濃紺の私とでは目立ち方がまったく違うわけだが。
 私達に気付かないまま、少女の報告を聞いたローブの男は、精霊を小瓶にしまうと、俯くようにして元来たと思われる道を引き返し始めた。

 ローブ越しにも、男には背丈も肩幅もあるのが分かる。それなのに、その背中はどこかしょんぼりと力なく歩いているような気がした。
 その後ろを息を潜めてつけて行く。

 精霊を回収した地点から、五分ほど進んだだろうか。
 町の外周を取り囲んでいる石壁が間近に近づいていた。小さなあばら家。
 なんだか屋根が斜めに歪んでいて、扉は壊れているのか閉まりそうにもなかった。
 人が住んでいるとは到底思えない部屋に、ローブの男が音もなく溶け込んだ。

 開け放たれたままの扉から中を覗き込むものの、真っ暗で様子は分からない。
 街灯の明かりも町の外れであるここまでは届いていなかった。

 あの暗闇に包まれた中に、フォルテもスカイも居るのだろうか。

 じりじりとそのボロ家に近付いてゆくと、その奥からガチャリと重そうな扉の音がした。

 ぽわっと、ほんの微かな魔法の光が部屋の地面からもれたと思ったら、また扉の閉まる音ともに完全な暗闇へと戻る。

 地下室か!!

 私達は顔を見合わせた。

 ロッドの先に小さな光球を宿して、そうっとあばら家に侵入する。
 やはり、この家は地下室の入り口になっているだけのようで、吹きさらしに近い室内には誰も居なかった。
 それでも、ロッドを掲げて室内を見回す作業には相当の恐怖と緊張が伴った。
 地面にめり込むように取り付けられた扉に手を当てて中の様子を探っていたデュナが、その手をそっと離す。
 精霊の報告を聞いて……周囲に人影がなかったのだろう。重そうな鉄製の取っ手に手をかけた。
「ええと……デュナ……? やっぱりその、行くんだよね?」
「ええ」
 中が敵のアジトになっているのだとしたら、閉鎖された空間に、大勢の盗賊崩れ達が居るという事ではないだろうか。

 少なくとも、一番の強敵だったあのローブの男が居るのは確かで、それだけでも十分に突入は躊躇われた。
「とにかく、あの子達の無事を確かめないといけないわ。
 明日まで安全だと思える状況なら、今夜は引き返すという選択もあるけれど」
 うろたえる私に静かに答えると、デュナはその重い扉を引き上げた。

 僅かな光球の光が、デュナの手元を照らす。
 扉を開け放つ為に伸ばされたデュナの細い腕。
 その向こうに見えたラベンダー色の双眸は、驚くほどに思い詰めた色をしていた。

 途端、私の胸へ急激に込み上げてきた焦りに息が出来なくなる。
 いつだって余裕のあるデュナが、こんなに切羽詰っているのは見たことがなかった。
「デュナっ」
 思わず上げてしまった声に、デュナが人差し指を立てて唇へ当ててみせる。
 悪戯っぽい笑みを見せた後、
「気配は消せても、姿が隠れるわけじゃないし、音だってそこまで防げるわけじゃないのよ。
 此処から先は、声や音を立てないようにお願いね」
 と、真っ直ぐ私の目を見て諭した。
「う、うん……」
 じっと見つめられたラベンダーの瞳は、いつもと変わらない落ち着きを浮かべているように見える。
 それでも、微かに感じた違和感に、私の不安は拭いきれず残ってしまう。