circulation【5話】青い髪
あれがなかったら、建物が倒壊するときスカイ達は脱出できずに潰れてたわ」
言われてみればその通りだと思うけれど、それと紋様の関係は……?
「フィーメリアさんの捜索クエでも、フィーメリアさんを見つけたのも、ブラックブルーを見つけてきたのもフォルテだったわね」
「う、うん……」
「湖に落ちたときには、タイミングよく浮上した大亀に助けられたわけよね?」
そうやって並べられると、凄い幸運の連続に思えるけれど……。
「どこまでがそうかは分からないけど、これらはただの偶然じゃなかったのよ。フォルテに授けられた幸運の女神の加護だったの」
と、そこまで話して、私に手帳の一ページを開いて見せる。
「ラズが見た紋様って、これだったんでしょう?」
デュナが指した部分には、文献から書き写したのであろう紋様があった。
幾重にも重なる円の中に、羽と歯車の組み合わさったような図。
それは確かにあの日私が水の中でフォルテの額に目撃したものだった。
「うん、これ……この紋様だった……」
「それは、幸運の女神の紋なんですって」
「へぇー、そうなんだ」
まじまじとその図を眺める。
一風変わったその紋様は、やはり今までの生活では目にした事が無かった図のように思う。
「……それが、なんでフォルテの額に……?」
顔を上げると、デュナが片眉をあげて苦笑する。
「そこまではわからないわ。ただ、幸運の女神がこうやって特定の人物に加護を与えるというのは、今までにも時々あったようなの」
「へぇー、そうなんだ」
うっかりさっきと同じリアクションを返してしまうも、デュナは気を悪くする様子もなく続ける。
「理由は様々に推測されていたけれど、私は幸運の女神の気まぐれだという説が正しいように感じたわ」
え、ええと?
じゃあ、フォルテが幸運に守られてるのは、神様の気まぐれ……なんだ……?
それこそがまさに、幸運な事な気がする。
「問題なのは、強制的に幸運が発生する事によって引き起こされる、運のバランス作用ね」
「バランス作用……?」
「ええ、この世にある幸運と不運は、常に同量でないといけないんですって。だから……」
「あっ!!」
私のために説明をするその言葉を遮って、思わず声をあげてしまう。
デュナの背後。
窓をすり抜けて、そっと部屋に入ってきたのは、今日追いかけた風の精霊の少女だった。
キョロキョロと室内を見回すと、私達を確認して近寄ってくる風の精霊。
フォルテよりほんの少し大人びて見える顔立ちに、浅緑色をした腰までのサラサラストレートと、シンプルなワンピースのように見える服の裾を揺らすその姿は、間違いなく、あのローブの男が使役していた精霊だった。
精霊の少女は、こちらの会話を聞き取ろうと懸命に耳を傾けている。
おそらく、部屋の様子を見て、中での話を聞いて来いと言われているんだ。
「ラズ……?」
今この場で精霊が……と口には出せなかった。
あのローブの男は、まだ私が精霊を見ることができるのに気付いていない。
そうでなければ、不用意にこの子を送り出すこともなかっただろうし……。
「デュナ、手帳貸して」
白衣のポケットへとしまい込まれたばかりの手帳をもう一度手渡される。
どこでもすぐにメモが取れるようにと、デュナの手帳の背にはいつもペンが差されていた。
それを手に取ると、白紙のページにペンを走らせる。
【ローブの男が使ってた精霊が偵察に来てる】
私の手元を覗き込んでいたデュナの顔色が変わる。
筆談をしてきた私を見て、会話を聞かれていることも理解したのだろう。
パッと手帳とペンを取り上げると、すぐにこう書いて寄越した。
【後を追うわ。支度をして】
もし尾行に気付かれた時、デュナに、あの男ともう一度戦闘をするだけの体力があるのかが気になるところだったが、フォルテとスカイの居場所を知るこのチャンスをみすみす逃すわけにもいかない。
外していたマントと帽子を手早く身につける。
振り返れば、デュナも準備完了のようで、ウィンクをひとつ投げかけられた。
精霊はというと、私達の周囲をふわふわと飛び回っている。
どうやら、会話がされるのを待っているようだった。
自身が覚えられる程度の会話を聞き取るまで帰るつもりが無いのだろうか。
もちろん、相手が寝ていた場合は帰って来ていいだとか、何分待っても会話がなかったら帰ってくるだとか、そういう指示は受けているのだろうけど……。
「デュナ、ご飯食べよう」
「え?」
私の言葉に一瞬驚きを返すも。
「そうね、喉が渇いたわ」
と返事をしてくれた。
この後は、しばらく走る事になるだろうから、あまり沢山飲んだり食べたりはできないけれど、少しでもお腹に入れておこう。
今夜は長くなるかも知れない……。
作りかけていた四人分の食事から
二人分だけを注ぎ分けてテーブルに並べる。
もうほとんど冷めてしまっているスープを、温め直そうかほんの少し迷ったけれど、精霊がいつ外へ向かうか分からない以上、なるべく時間はかけないほうがいいだろう。
冷たい食事を並べても、デュナは嫌な顔をすることはなかった。
私達の周りをくるくる飛びながら、いつ会話が聞けるだろうかと真剣な面持ちで耳を傾けている浅緑色の精霊を、視界の端に常に入れつつ食事をする。
くたくたのデュナと、やはりくたくたで帰ってくるであろうスカイの事を考えて、今夜のメニューは、体に優しいスープリゾットを用意していた。
サイドメニューがまだ未完成だったが、それはこの際置いておこう。
食事を取りつつ、筆談をする。
テーブルの上には手帳から切り取られた紙が一枚乗せてあった。
あの精霊はいつも窓のあたりから出入りしていた。
それを追うのに、もたもた玄関まで回っていたら見失ってしまうだろう。
そう伝えると、デュナが【じゃあ私達も窓から出ましょう】と書いて、部屋の窓を開けに行った。
続けて、肩に風の精霊を二人呼ぶ。
飛び降りるときのクッション用だろう。
この部屋は二階にあった。
精霊達は、私達の住むこちらの世界の物質にほとんど影響を受けることなく動く事が出来る。
彼らに、私達の扉や壁といったものは意味が無かった。
【あの精霊、この町に来たときから度々私達の様子を見に来てたみたい】
戻ってきたデュナに紙を差し出す。
すると、こんな文字が返ってきた。
【そういえば、スカイも初日におかしな視線を感じたって言ってたのよね……】
宿に着いた時の事を思い出す。
そういえば、あの時確かにスカイは宿の斜め前の路地を見つめてそんな事を言っていた。
デュナに報告していたという事は、よっぽど気になる視線だったのか……。
考えながら、手元の皿にスプーンを下ろす。
カツンと皿の底に当たった音に視線を下ろすと、いつの間にかリゾットは空になっていた。
デュナも半分ほどを食べ終えている。水分はコップ三杯目になっていたが。
ふいに、精霊の少女がくるりと背を向けた。
慌ててそちらに顔を上げる。
私の仕草で気付いたのか、デュナがガタンと椅子を鳴らして席を立った。
作品名:circulation【5話】青い髪 作家名:弓屋 晶都