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circulation【5話】青い髪

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 魔法が使える者であれば、その都度精霊を呼び出してオーダーをする方が、よっぽど低コストで思い通りの事をしてもらえるため、そういった魔法具を持つ必要は無い。
 それでも、私達の真正面にいたはずなのに、デュナが魔法を発動させるまでのほんの一瞬の隙に動けたこの男が、強敵だというのは間違いなかった。

 右手に構えたロッドを強く握り締める。
 ロッドの先にはいつもの光球。
 悔しいけれど、私にはまだこれしか出来ることが無い。
 肝心なのは、とにかくデュナの邪魔にならないよう動く事だ。
 じりっと後ずさる覆面の男。
 フォルテを抱えたその男だけは、逃がすわけにはいかない。

 もう一人の覆面男が鞭を振るう。
「あっ!」
 と思ったときには、ロッドが叩き落されていた。
 鞭ってリーチが長いんだな……って感心している場合じゃない!
 焦ってロッドを拾いに行こうと私が屈んだその隙に、覆面の男達が背を向ける。
「待って!!」
「実行っ!」
 デュナの声とともに、大気の精霊が二人の行く手を阻む。
 ゴンッと見えない障壁に頭から突っ込んだ最初の一人が、その衝撃で後ろに倒れる。

 今のうちに……っっ。
 ロッドを拾い上げて顔を上げようとした途端、デュナの声が響く。
「ラズ動かないで!」
 慌てて顔を上げるのを止めたその後ろを、ブンっという音とともに風が通り抜けた。
 一瞬にして青ざめる。
 い、い、今……すぐ後ろでした音は、何の音、だったの……かな……?
 続いて、カシャンと何かが割れる音に、パシャッと水が撒かれるような音。
「くっ」
 と男のうめき声が続く。
「ラズ下がって!!」
 デュナの指示に従って、慌ててデュナよりも後ろへ退く。
 フォルテとの距離がその分遠ざかる。

 必死でデュナの背に回ってから自分の居た辺りを見ると、地面に撒かれた紫色の液体からもうもうと何か気体が立ち上っていた。
 その少し向こうに剣を手にしたローブの男。
 どうやら、体に悪そうな気体を思い切り吸わされてしまったらしく、口元を押さえて数歩後退ったようだ。
 分厚いローブとフードに挟まれた男の顔。
 表情は目からしか読み取れなかったが、その眉は険しく歪められていた。

 ローブの男が踵を返す。
 駆けながら、抜き身の刀身を這わせるようにしてデュナの張った障壁の位置を探る。
 ギギギィッと甲高い耳障りな音を立てて、何も無い空間にうっすらと傷が付く。
 デュナの障壁は、男達の逃げようとする側だけに半円を描く様な形で張られていた。

 その淵を見付けたローブの男が振り返り、無言のまま顎で覆面の男達に指し示す。
「行け」という事のようだ。
 途端に駆け出す男達。
 逃げられるわけには行かない。
 でも誰を狙えばいいのか分からない。
 ロッドの先にはまだ光球が渦を巻くように揺らめいている。
 フォルテを落とされては困るけれど、やっぱりフォルテを抱えた人の足を狙おう。
 そう心を決めて、ロッドを強く振る。
「お願いっ」
 私の放った光球が男の足に接触する、そう思った瞬間、黄色い光が弾けて消えた。
「……え?」
 そこにあるのは、力強く振り下ろされたロングソード。
 光球が……斬られた!?
 長剣をゆらりとを引き上げて、ローブの男がこちらへ静かに構えをとる。
 怖い、と感じた。一瞬の動揺をかき消すように、デュナが力強く叫ぶ。
「以上の構成を実行っ!!」
 大きな水の精霊と、あまり見かけない精霊が数人、デュナの手の平から飛び出すようにローブの男達の足元に取り付く。
 どろっとしたゼリー状の液体が瞬く間に広がったと思ったら、見る間に硬化してゆく。
「時間稼ぎありがと、助かったわ」
 私を庇うように立つデュナの後ろから、少しだけ顔を覗き込む。
 頬を伝う汗。これは魔法の使用連続によるものだろう。
 デュナの目は依然として男達を睨みつけたままだったが、その口端には笑みが滲んでいた。
 途端にホッとして肩の力が抜けそうになる。
「まだ油断しないで、安心するのはフォルテを取り戻してからよ」
 肩で荒く息をしているデュナの言葉に、身を引き締めてロッドに次の光球を作る。
 直接あの男に当たらないとしても、作らないよりはマシだろう。

 と、遠くに数人の足音が聞こえてきた。
 敵の仲間かと勘繰るも、私達の背後から来ようとするのに、足音を立ててはすぐ気付かれてしまうだろうし、狭い路地裏でドタバタやったせいで人が寄って来ているのだろう。

 膝下ほどまでを完全に絡めとられた3人の男達は、それぞれに脱出するべく暴れていたが、
 少なくとも覆面の男達は、足音に焦ったように見えた。

 石ともまた違う、つるつるとしたその表面に剣先を突き立てようとしていたローブの男が、懐に手を入れる。
 デュナの肩に風の精霊が現れる。
「ねーちゃん!?」
 背後から、聞きなれた声がした。
「遅い!!」
 デュナが振り返らずに怒鳴る。
 ああ、そうか。
 デュナは最初から、スカイが来るのを待ってたんだ。
 私達がいる路地裏は、スカイが修行をしていたはずの盗賊ギルドから
 そう離れていない場所だった。
 最初の攻撃が、ちょっと派手すぎた気はしていたけれど、あれはスカイを呼び寄せる為だったのか……。
 振り返ると、スカイの後ろにも数人の見慣れない男達が立っていた。
 皆一様に体にフィットしたタイツ状の服を着ているところから、ギルドの人達なのだろう。
「フォルテが、攫われそうなの!」
 スカイに簡潔に状況を伝える。
「あれか! 取り返してくればいいんだな」
 私達のずっと向こうに立つ男達の抱えるフォルテに気付いたスカイが走り出す。
「実行!」
 デュナの放った魔法は、スカイの補助ではなくローブの男への攻撃だった。

 見れば、いつの間にかローブの男が固められた足場から抜け出して、覆面達の元に駆けつけている。
 その手には赤く炎を纏った剣。
 見る限り先程と同じ剣のようだったが、今はそれが激しく燃える炎に包まれていた。
 あの男は、風だけじゃなく、火の精霊も持っていたのか。
 デュナの放った風の一閃を、赤い刀身で掃うように斬り捨てると、男は覆面達の足元にその剣を突き立てる。
 彼らの自由を奪っていた物体が一瞬で溶解する。
「行け!」
 ローブの男が初めて声を出した。
 覆面の男達が背を向けて走り出す。
「待て!!」
 スカイがそれに飛びつこうとするのを、鞭の一閃が制する。

 周りを見れば、最初にデュナに吹っ飛ばされた男達が意識を取り戻して、サポートに入っていた。
 デュナの背に大気の精霊が姿を現す。
 後ろからでも、激しく上下する肩と荒い息から、デュナが相当消耗しているのが分かった。
「くそっ」
 三人の男に鞭で牽制されて、動けないスカイ。
 ぐったりしたフォルテを抱えて駆け去る後姿が、見る間に遠ざかる。
 無理にでも突破しようとするスカイに、放たれる鞭。
 黒く唸りをあげて襲い来るそれを、黒い影が瞬時に絡め取る。
 こちらから伸びた鞭を視線で辿ると、その先にはスカイと一緒に来たギルドの人達が居た。
「そのなりに鞭捌き……お前達はやはり我々のギルドに所属していた者か!」