circulation【5話】青い髪
「た……ただいまぁ……」
スカイが宿に戻ってきたのは日の暮れる頃だった。
「おかえりー」と何の気なしに返事をして、あちこちにカギ裂きを作った傷だらけの姿に驚く。
「どうしたの!? それ」
私の声に、フォルテとデュナも何事かと部屋から廊下を覗き込みに来る。
「や、その、技の練習でさ……」
力なく苦笑するスカイに、フォルテは「大丈夫?」と駆け寄り、デュナは呆れた顔をして部屋に引っ込んだ。
「シャワー浴びてくる」
「その傷で?」
「ああ、まあ大きな怪我は向こうで塞いでもらったし」
じゃあ、さっきから体を引きずるようにしているのは、傷というより疲労なのか。
「小さな傷も塞ぐよ。シャワーが沁みるでしょ」
「そだな、じゃあ頼む」
私の申し出に、嬉しそうに目を細めて、ずるずると壁に背を預けたまま廊下に座りこむスカイを見ながら、今日の出来事……リディアさんが亡くなっていたという話をどこから切り出すべきか思案した。
デュナにまかせておけば、ちゃんとスカイにも説明してくれると思うんだけど、彼女にとってこれは、口にしたくない話だろう。私よりも、ずっと。
スカイの前に屈んだまま、黙ってしまった私にスカイが声を掛ける。
「夕飯作ってたのか?」
「あ、うん。もう出来たよ。スカイがシャワー出たら皆でご飯にしようね」
「おう」
にこっと人懐こい笑顔を見せたスカイが一瞬真剣な顔になって、私の耳元に顔を寄せた。
「何かあったのか?」
「え?」
「いや、こんなボロボロで帰ったら、絶対ねーちゃんに指差して笑われるって思ってたんだけどさ」
小声でそう言いながら、服を軽くつまんでみせる。
ああ、そういえば、デュナはほとんど反応しないで部屋に戻っちゃったんだっけ。
私はおかしいとは思わなかったけど、そっか。
いつものデュナならスカイを弄る機会を逃したりしないのか……。
「うん……、あのね――……」
スカイに今日の出来事を手短に話す。
「そっか、リディアさんが……」
「うん……」
しょんぼりとうなだれた私と、そのすぐ隣にちょこんと座って私達のやり取りを聞いていたフォルテの頭に、スカイの手が軽くポンと触れた。
「しかし、いいなぁ剣術」
スカイが心底羨ましそうに呟く。
「俺今日さ、ギルドの人に鞭使う方が向いてるとか言われたよ……」
「鞭?」
フォルテが聞き返す。
「ああ、鞭……。便利なんだろうけどさー……なんか、鞭使うのって悪者っぽくないか?」
真剣に問われて言葉に詰まる。
「う、うーん……」
フォルテも困った顔で首を傾げていた。
そもそも、スカイが今使っている短剣も、正義の味方っぽくはないと思うけど……。
「せめて学生の頃、ちょっとでも剣術やってりゃ良かったなー……」
学校には当然ながら、剣術部もあった。
確かに、そこに入っていたなら今頃スカイにも長剣の一本扱えただろう。
しかし、スカイは学生時代、ずっと家庭科部に所属していた。
フローラさんのあまりの不器用さに、家事をやらざるを得なかったのだ。
一方デュナはずっと科学研究部だったらしい。
もしデュナがもう少し家事に興味を示していたなら、また違う結果になったのかも知れないけれど……。
確か、私があの家でお世話になるようになって数ヶ月経った頃だっけ。
週に何度か、お世話になっているお礼の気持ちを込めて料理をするようになった。
初めて私の料理を食べたときのみんなの顔は、いまだに忘れられない。
まあ、フローラさんに限っては今でも……というより、いつでも、同じ顔をして、美味しい美味しいと食べてくれるわけだが。
スカイとデュナの驚いた顔は、思い出すだけで笑いがこみ上げそうな程だった。
それからすぐに、スカイも料理をやるようになる。
小さな頃は私とスカイとフローラさんで、食事の当番を決めていた。
いつだったか、卵の割り方を教えていると「料理って面白いな。母さんが作るより俺が作る方が美味いって、もっと早く気付けばよかった」と、小さなスカイが悔しそうに呟いていたっけ。
クスクスと思い出し笑いをしていたら、目の前のスカイとフォルテが首を傾げている事に気付いた。
「あ、ごめん、すぐ治癒するね!」
慌てて、スカイが差し出していた腕に手をかざすと、唱え慣れた祝詞を口にする。
フォルテが、あちこち裂けたスカイの服をつついている。
裁縫道具もあるし、この程度ならスカイが自身で直すだろう。
裁縫の腕に関しては、私よりスカイの方がずっと上だった。
「ねぇ、スカイはどんな技覚えようとしてるの?」
今度は足に手をかざして、二度目の詠唱に入った頃、フォルテがくりっと小さく首を傾げる。
「んー……と、そうだな、瞬間移動みたいなやつだよ」
スカイがしばし考えて返事をする。
……なんだそれ。
「ほぇー、すごいねー」
スカイのよく分からない説明に、フォルテがよく分からないながらも感嘆する。
フォルテが、「ほー」と「へー」の混ざったような声を上げるのは、決まって「なんだかわからないけどまあいいや」と思っているときだった。
作品名:circulation【5話】青い髪 作家名:弓屋 晶都