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Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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「譲原皇、菰野です。ただいま戻りました」
 城では、謁見を許された少年が、従者と共に皇の前へと歩みを進めていた。
 広々とした謁見の間の最奥に、皇はゆったりと座していた。
「おお、やっと戻ったか」
 少年の姿を目にして口元を綻ばせる皇へ、菰野は体調を気遣う言葉をかける。
「お加減はいかがですか」
「今日はずいぶん良い」
 どうやら、この国(藩)の主は病がちであるようだ。
「式典はどうであった?」
 菰野は皇の前で膝を付いて礼の姿勢を取りながら答える。
「はい。つつがなく……」
「なんでも、遅刻寸前だったらしいが?」
 皇に楽しげに突っ込まれ、菰野が狼狽える。
「ど、どうしてそれを……」
「いやはや、間に合ったから良かったようなものの。遅刻でもしようものなら、元服は来年までお預けになるところだったな」
 皇の言葉にダラダラと冷や汗をかく菰野の後ろで、同様に膝を付いていた従者が深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……」
「いや、それはないな」
 皇は気さくにパタパタと手を振りながら断言する。
「久居(ひさい)がいたからこそ遅刻”寸前”で済んだのだろう。なぁ?」
 振られて、菰野が身を縮めながらも「うう……その通りです……」と同意する。
 後ろでは「もったいないお言葉……」と従者が感動に震えていた。
 久居と呼ばれた青年従者は、まだ十八歳ほどで、主人とそう変わらない歳だったが、皇からの信頼は厚いようだ。
 皇は、そんな二人を眺めながら、懐かしそうに目を細める。
 皇の眼裏には、まだ小さい頃の菰野と、その母であり自身の姉である加野(かの)の姿が鮮明に甦る。
 姉はいつも優しく、聡明で、美しい人だった。
 姉を失ってから、もう六年目にもなろうとしている事を、譲原はどこか信じられないような気持ちで受け止める。
(時が経つのは早いものだ……。一人息子の晴れ姿、姉上はさぞ見たかっただろうに……)

 眼前では、久居に紋球の傾きを指摘された菰野が、直そうと悪戦苦闘している。
 元服以降身につけることを許される家紋の球は、球状であるため、慣れるまでは家紋が傾かぬよう付けるのが難しい。
 自分もしばらくは、上手く付けきれなかったなと思い返していると、自身によく似た菰野の栗色の瞳がこちらに気付いてふわりと微笑んだ。
「明日は母の墓参りに行こうと思っています」
 菰野が同じく加野を思っている事を嬉しく思いながら、皇も微笑んで答えた。
「ああ、そうしてやってくれ」

 一方で、謁見の間の外では、そんな会話を憎々しく思っている者がいた。
 すらりとした体格の、二十歳を少し超えたくらいの青年が、これでもかと眉を顰めて呟く。
「父上……」
 ぎりりと噛み締めた奥歯の音が、静かな廊下に小さく落とされる。
「何故……。何故この私より、菰野の謁見が先なのですか……」
 どうやら、戻り次第通すように言われていた菰野達に、謁見の順序を越されてしまったようだ。
 青年は燻んだ黒髪で目元を隠したまま、二人が出てくるまで、扉を強く強く睨んでいた。