Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚
薄暗くなってきた山の中で、葛原は困惑していた。
引き連れていた兵達は、一人、また一人と、膝を付き、崩折れてゆく。
まだ立っている者達も、槍や木の幹を支えにようやくという有様で、それは葛原も例外ではなかった。
(何だこの状況は……。本当に呪いのかかった山だとでも言うのか……)
後ろを振り返っていた葛原は、視線を先に戻そうとして、酷い目眩に襲われる。
「――っ……」
歪む視界の中で、葛原はただ一人真っ直ぐに立つ人物に気付いた。
「葵、お前は何ともないのか?」
「はい」
葛原の刺すような視線に、葵はほんの少し考えてから答える。
「……そうですね、先程は私もこの辺りで具合が悪くなったのですが、今回はまだ……。耐性でもついたのでしょうか?」
「……」
眉を顰めたまま黙ってしまった主人を、葵は気遣う。
「お体の調子が優れないようでしたら、少し戻りましょうか?」
「…………そうだな」
葛原は青白い顔でそう答えると、続けた。
「では、我々は先に城へ戻っておくとしよう。お前はこのまま菰野達を追え。菰野か、あの女のどちらかを攫ってくるんだ」
その命に「はい」と答え切れずに、葵が言葉を返す。
「お、お言葉ですが、菰野様はこのまま放っておいても、もう城には戻って来られないのでは……」
せめて、お助けする事はできなくとも、生きていてさえくれれば。
葵はそう願う。
けれど葛原はハッキリと告げた。
「だから追うのだ」
「え……」
「さっさと行け!」
「は、はいっ」
葛原に殺意の滲んだ声で命じられ、葵は返事と同時に地を蹴った。
揺れる視界の中、葛原は葵の向かった方向を睨みつけるようにして、胸中で叫ぶ。
(このまま逃してたまるものか!!)
葛原の、刀を握る手に、決意と共に力が込められる。
(菰野だけは……私のこの手で必ず……!!)
菰野の息の根を止める瞬間を、葛原は強く強く願った。
作品名:Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都