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Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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(山を下りてくる気配が二つ……。菰野様と久居様でしょうか)
 葵は、城からそう遠くない森の中で、木の上に潜み気配を窺っていた。
 葵の指が木の葉を掠める音を、フリーの人間より大きくよく聞こえる耳が拾う。

 キョロキョロとあたりを見回すフリーに、菰野が気付いた。
「どうかした?」
「うーん……何か音がした気が……」
(この辺まで来れば、動物もいるのかな……)
 不安そうなその様子に、菰野が宥めるように告げる。
「もうこの辺でいいよ」
「う、うん……」
 頷くフリーが、それでもまだ何か言いたげで、菰野は静かに次の言葉を待つ。
「……」
「……」
 沈黙を破って、意を決したように、フリーがやや叫び気味に言った。
「あ、あのね菰野、握手しよう!!」
「え? うん……」
 フリーの勢いにちょっと気圧された菰野が、それでもすぐに手を差し出した。
 出された右手に、フリーは自分の右手を重ねて握る。
(わー……。フリーさんの手、柔らかいなー……)
 菰野は、その手を傷付けることのないよう、そうっと優しく握り返した。
(菰野の手、あったかい……。ぽかぽかしてる……)
 手を繋ぐ二人の頬に、それぞれ赤みが差す。
 二人は恥ずかしさから、相手の顔ではなく握り合わされた手を見詰めながら、言葉を交わす。
「え……っと、じゃあ……行ってくるね」
「うん……」

((手……離したくないな……))


 一方、木の上では、葵がフリーの声を聞き取っていた。
 葛原皇の指示を胸中で繰り返す。
『菰野と親しくしている女がいれば、連れて来い』
 葛原皇の仰っていた『女』とはこの子の事だと、葵は確信する。
 しかし、この子を攫って、葛原皇はどうなさるおつもりなのか。
 良いことであるとは思えなかったが、葵にはそういったことを考える権利はなかった。


「か、体に気をつけてね」
 二人はようやく手を離したらしく、立ち去る菰野の背に、フリーが声をかけている。
「うん、ありがとう」
 そんな何度目かの別れの言葉にも、菰野は振り返り、笑顔を添えて答えた。

(本当に……、無事に帰ってきてね……。ずっとずっと、待ってるから……)
 遠ざかってゆく菰野の背中を、フリーはいつまでも見送っていた。
「……見えなくなっちゃった……」
 木々の奥へ、完全にその姿が消えてしまうと、フリーはようやく振り返る。
「一年って長いよね……」
 重い足取りで、一歩踏み出しつつも、フリーはその別れに涙を滲ませていた。
「これからもっと暑くなって、それから秋が来て……、寒い冬が終わったら、やっと春なんだよね……」
 菰野に再び会えるまでの時間を思うフリーの元へ、葵は音もなく近付いた。
 はずだった。

「何、この音……?」
 フリーが聞き慣れない小さな音に振り返る。
 その時には、葵はもうフリーの目の前まで迫っていた。

(人間!? こんな近くに!?)
「――い」
 声をあげようとするフリーに、葵は強硬手段を取った。
「いやぁっ……!」
 ほんの少しの悲鳴だけを残して、フリーは昏倒する。
 葵はフリーの体を手早く縛ると、麻袋へと詰め込んだ。


 リルが凄い勢いで山裾を振り返り、久居は異常を察する。
「どうしました!?」
「今の……フリーの……悲鳴……?」
 真っ青な顔で呟くと、リルは駆け出した。
「フリーっ!!」
 久居もすぐに、後を追って走り出す。
 ここまでの自身の甘さを酷く悔いながら。
 この少年の姉である、フリーが手遅れでない事を、切に祈りながら……。


 一方で、菰野はようやく加野の墓前まで戻っていた。
 少し離れたところに、まるで隠すようにして、馬が繋がれていることに気付く。
(こんな所に城の馬が? 久居か……?)
 馬の顔を覗いてみるも、馬は菰野の知っている久居の馬ではなかった。
(城で何かあったんだろうか。この辺で俺を探してるとか?)
 菰野が焦りとともに城へ向かって足を早める。

 そんな菰野の耳に、馬を繰る者の掛け声が聞こえた。
 振り返ろうとした菰野とすれ違うようにして、馬は菰野の背後を駆け抜ける。
 馬の後ろ姿から分かったことは、乗っていたのが城の隠密だったらしいことと、何か大きな袋を抱えていたことくらいだった。
「城の隠密……? の割には行動が派手だが……。今、山から出てこなかったか?」
 そこまで呟いてから、菰野は気付く。
(……山から!?)
 途端、血の気が引いてゆく。

「菰野様!!」
 そんな菰野を引き戻すように、久居が力強く叫んで茂みから飛び出す。
「久居!?」
 驚く主人に、全力で走ってきたらしい従者は荒い息を整えながらも、必死に告げた。
「フ、フリーさんが……、攫われました……」
「……え……? 何……だって……?」
 突然のことに、菰野は思わず聞き返したが、先ほど隠密の抱えていた大きな麻袋がハッと脳裏に浮かぶ。
(あの袋か!!)

「久居……フリーは……?」
 ガサガサと茂みを割って、小さな少年が顔を出す。
「リル!!」
 少年に、久居が慌てて駆け寄った。
「出てきてはいけません! この辺には人が……」
「で、でも……。フリーが……、フリーが……」
 ぼろぼろと大粒の涙を零す少年の頭には、見た事もない黒っぽい何かが生えている。
 耳も、フリーのものとは違ったが、やはり人とは似つかない形をしていた。
 そんな少年を、久居が迷いなく胸元に抱き寄せるのを見て、菰野は内心驚いた。
「大丈夫です。フリーさんは私達が連れ戻します。ですから、リルは山の中で待っていてください」
 久居は少年を抱き締めると、大事そうに撫でながら諭し、言い含める。
「久居、その子は……」
 菰野の言葉に、久居はまだ泣いている少年を主人に示すと紹介した。
「フリーさんの双子の弟、リルです」
 菰野は(双子にしては、随分小さいようだが……)と思いながらも、それを表に出すことなく、その少年の両肩を自身の両手で優しく支える。
 リルは、突然触れてきた菰野へ、驚いたような顔を向けた。
「リル君、君のお姉さんを、その……巻き込んでしまってすまない」
 自責の念からか、菰野のあたたかな栗色をした瞳が陰る。
「必ず無事に助け出すから、待っていてもらえるかい?」
 菰野は真っ直ぐ、誓うように、真剣な目でリルを見つめた。
「う、うん……」
(この人……ボクと同じくらいの歳なんだよね……?)
 リルは、目の前の少年の落ち着いた様子と、その強い意志に、思わず彼の年齢を疑ってしまう。
「ありがとう」
 リルの返事に、菰野がふわりと花を散らして微笑んだ。
 その顔は、確かに、同じくらいの歳の少年の笑顔に見えた。

「久居、行くぞ!」
「はいっ」
 城へと駆け出す菰野に応えて久居も駆け出そうとしたが、ぼんやりしているリルを見て、足を止める。
 リルは(コモノサマって何だかすごいなぁ……)とまだ惚けていた。
「リル!」
「な、何!?」
 ハッと我に返ったリルの手に、久居は素早く自身の首に巻かれていた布を解くと、押し付ける。
「どうしても山に戻らないなら、せめてこれで頭を覆っていてください。この辺りは人がいますので」
「う、うん」
 久居はそう伝えると、先へ走る主人の元へ急ぐ。