Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚
「……あ」
久居の膝の上で甘えていたリルの瞳に、悲しみが宿る。
「どうしました?」
「コモノサマ帰っちゃうみたい……」
音を聞き取るために上げていた顔を、リルはもう一度久居に押し付けた。
「そうですか……。では私も戻りますね」
そう答えながらも、久居は優しくその小さな頭を撫でる。
「うん……早く帰ってきてね?」
縋るように囁かれて、久居は答えに詰まった。
(それは――……)
久居は、もう彼らに会わない。いや、会わせないつもりでいた。
けれどそれを、どうしても、まだ、この少年に告げることができないでいる。
「あれ?」
思い詰める久居の耳に、リルの焦るような声。
「フリーも一緒に山を下りてきてる!?」
「え……」
「うわわ……。ど、どうしようこれ以上近付くとフリーにもボクの声聞こえちゃうよぅ」
あわあわと慌てる少年に、久居は声をかける。
「リル」
「ののの登れないけどぅぅぅ下りるのは怖いよぅぅぅ」
「リル」
ぐるぐると混乱している様子のリルには、久居の言葉が届いていないようだ。
「リル、こちらです」
久居は、小さな少年を片手で小脇に抱えると、そのまま移動を始めた。
登るでも下りるでもなく、山に対して水平に移動する久居に抱えられたまま、リルはぼんやり気付く。
(あ。そっかー。横に移動すればよかったんだ……)
(山を下りそびれてしまいました……。
こうなってしまっては、菰野様が下りきった後を追うしかありませんね……)
この判断を彼が悔いるのは、そう後ではなかった。
作品名:Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都