Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚
「え……?」
リルは、自分の耳に届いた言葉を飲み込みきれず、聞き返す。
「……じゃあ、今日から一年も……、久居に会えないの……?」
自分の声が震えて聞こえて、リルは小さな手で口元を押さえた。
「……すみません……」
久居は、ただ静かに頭を下げる。
そんな仕草に、リルはじわりと罪悪感を感じた。
「う、ううん。お仕事だもん、仕方ないよね……」
風が木々を揺らす。
静かな森に、葉擦れの音だけが波紋のように広がった。
「でも……ちょっと」
リルが、久居から目を逸らす。
俯いた薄茶色の大きな瞳には、涙がじわりと滲んでいた。
「……淋しい……かな……」
溢れた言葉とともに、涙がポロポロと足元に降り注ぐ。
我慢しきれなかった涙を隠すように、リルは久居に背を向ける。
泣きつく事もなく、心配させまいと背を向けて、こしこしと小さな指で涙を拭う少年の様子に、久居は胸が痛んだ。
(リル……貴方にとって私はどのような存在なのですか……?)
少年の後頭部には、前に結ってやった髪が、同じように括られていた。
紐には、久居の譲った古いものがそのまま使っていて、それもまた、久居を苦しくさせた。
「フリーも、しばらくコモノサマとはお別れなんだね……」
背を向けたままのリルが、小さくぽつりと呟く。
「そうですね……」
同じく悲しい思いをしているだろう姉を思う少年の背に、久居は自分が何を見ているのか、自問する。
(では、私にとって、リルは……、どのような存在なのでしょうか……?)
けれど、その答えは、まだ久居には出せなかった。
作品名:Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都