Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚
翌日、フリーは村の端にある小さな診療所に居た。
そこにリルと母の姿は無い。
「はい、そこに手を入れてー」
「……はーい……」
リルとフリーが小さい頃から通っているこの診療所には、キツイ印象の女医が一人いるきりだった。
青みがかった黒髪を肩につかない程度に切り揃えたツリ目の医者に言われて、フリーが嫌そうに治療器へと手を入れる。
(うぅ……、この感じ、嫌なんだよねー……)
診療所の机に備え付けられた治療器は、内部に取り付けられた石同士が反応し、治癒術とほぼ同様の光を溢れさせている。
(手の皮が……ゾワゾワする……)
じわじわと傷口の肉や皮が動き、肉同士を繋ぎ合う感覚に、フリーが顔を引き攣らせていると、医者は手のひら大の浅い容器にいくつかのガラス片を並べて持ってきた。
「ほら、ガラス片がまだ残ってたわよ。血管に入ったりすれば、心臓に流れる事だってあるんだからね?」
じりっと詰め寄られて、フリーは引き攣った笑いを浮かべた。
「次は絶対、すぐに、病院に来ること!! いいね!?」
片手を治療器に入れているため、それ以上下がりようがないフリーが、ガラス片を眼前に突きつけられて冷や汗を浮かべつつ答える。
「は、はーい……」
「全く、この間もすぐ病院に来るように念を押したのに、あんな大きな傷、痕が残ったらどうするの。フリーは女の子なんだから、もっと体を大事に……」
「先生ー、温熱終わりましたー」
その声に、他の患者がいてくれて助かったと、フリーはホッとする。
「はいはーい」
と医者は返事をしつつ、小さくひとつ舌打ちを残して去った。
心配してくれるのは有難かったが、長すぎるお説教は勘弁してほしい。
フリーは、不思議な光を放つ治療器に視線を落とす。
今頃リルは、母と共に能力測定中のはずだ。
上手くいってるかな……。
と、フリーはリル達に思いを馳せた。
作品名:Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都