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Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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「この石に両手をあてて、いいと言うまで離さないようにな」
「は、はい」
 封具屋では、髭の店主が風呂敷包の中から取り出したひと抱えほどの丸い石に、リルが言われるままに手を添えたところだった。
 ツヤツヤと言うわけではないが、なだらかなフォルムのその石は、触れるとひんやりとしていた。
 石がごく僅かに振動する音が、ブウウウンと低く耳に届く。

(うわ……どんどん冷たくなってくる……)

 石は低く唸り続け、急速に身体中の熱を吸い取られてゆく感覚に、背筋がぞくりと震える。

(なんか……怖い……)

「お、お母さん……」
 恐怖から、母に助けを求めるが、母はいつも通りに笑って答えた。
「大丈夫よ、リルの持っている力がどのくらいあるか量っているだけだから。
 痛くも痒くもないでしょ?」

「う、うん……」

 痛かったり痒かったりはしないけど……。

 何か……。

 ……何か……。



 出てきちゃ、いけない、ものが……。


 リルの中にチリっと小さな何かが揺らめいた。

 心臓の音が、やけに大きく響いている。


 小さな何かは、青白く光っている。

(何……だろう……)

 ふわりと揺れると、それは一瞬で大きく広がった。

(これは………………炎……?)



 リリーが先に異変に気付く。
 けれど、それは既に手遅れだった。

 ゴウッとリルを中心に熱気が部屋を包む。

 さっきまで冷たくて仕方なかった石が、焼けるほどに熱い。
 低かった振動音も今は耳を刺すほどに甲高く、ギィィィィとその限界を告げていた。

「容量超過だ! 石から手を離せ!!」
 髭の店主が太い声で叫ぶ。

(手を……。石から……。離さな……きゃ……)

 リルはその言葉を確かに耳にする。しかし体が動かない。
 息は上がり、苦しいのに、この体は自分のものじゃないように、まるで動こうとしなかった。

「聞いてるのか!? 手を……!!」
「危ない!!」
 リルの肩を掴もうとした店主へ、リリーが飛び付いた。
 ドサっと二人一緒に床に倒れて、店主は叫ぶ。
「な……何を……!?」
「今あの子に触れたら、融けてしまいます!」
 言い切られ、店主は息を呑んだ。
 焼けるのではなく、融けると彼女は言った。
 それは一体、どれだけ高位の炎なのか。

 鬼火で実現できる温度ではないはずだ。
 この少年は、鬼との子ではなかったのか!?

 店主が思い巡らす間にも、店内のあらゆるものが、熱に巻かれ、熱気に煽られめちゃくちゃになってゆく。

「リル!! 石を離して!!」

 ぼんやりと開かれたままのリルの瞳は、すでに光を失っていた。
 リリーの必死の叫びは、もうリルの耳に届いていない。

「リル!!!!」

 ピシッと石に亀裂が入る。
 次の瞬間、石は大きく弾けて粉々になった。

 支えを失って、リルはそのまま後ろに倒れる。
 ドサッという音の前に、ゴッと強かに頭を打つ音がした。

 リリーは、慎重にリルへ触れる。

「……気を失っているだけみたいね……」
 汗にまみれたリルの額に張り付いた、薄茶色の髪をそっと剥がす。
 リルはほんの少し眉を寄せて、疲れた顔で眠っていた。

「ふぅ……。危うく店ごと潰されるところだったな……」
 髭の店主は、パタパタとエプロン状の作業着の前を叩きながら、息を吐いた。
「すみません……」
「いやいや……。しかし、計測岩塊を割ってしまう程となると、うちで手に入るもので封じ切れるかどうか……」
 計測用の石は、もうその姿をどこにも残していなかった。
「そうですか……」
 リリーの沈んだ声に、店主は苦笑を浮かべて振り返る。
「方々にあたってみよう。いつもお前さんの結界には世話になっているからな」
 そう言って、店主は店の外を確認する。
 植木も、看板も、店の外は少し前と寸分変わらぬ様子だった。
 これだけの力を発揮させても、結界の外となる店外には全く影響が出ていない事に、店主は感嘆する。
 この店の営業用結界を張ったのは、他でもないリリーだった。

「ただなぁ……、その……額が……」
 店主は申し訳なさそうに、頭を掻きながら言う。
「ええ、それは分かっています。計測石の弁償もさせてください」
 リルが手を当てていた石は、この店で一番大きい、普段は棚の奥に仕舞われているような代物だったが、それですら、リルの力には耐えきれなかった。
「ああ、助かるよ」
「いえ、ご迷惑をおかけしました」
「封石の目処がつき次第連絡しよう」
「お願いします……」
 酷く荒れた店内で、そんな会話をして、リリーはリルを背負い、店を出た。

 生まれてから十四年を経てもまだ、リルの身体は、細いリリーの背にすっぽりと収まるサイズだった。

 リリーはそんなリルを振り返る、背中ですぅすぅと眠る我が子は、思っていたよりも、ずっと軽く、小さく思える。

 この小さな温もりを、そう遠くないうちに手放す事になる。
 リリーはもう、それを分かっていた……。