Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚
本殿はその日、未だかつてないほど煌びやかに飾られていた。
質実剛健を良しとする譲原の代では考えられないほどの装飾に、その式に参加した者達は主君が変わったことを実感させられた。
おそらくは葛原の母である雪華の仕業だろう。
葛原自身は、華美な物にあまり興味を示さなかったが、その母は輝く物や美しいものに目がなかった。
笛の音や太鼓の音が、空気に溶け込むように、静かに鳴り響く。
厳かな空気の中、長い祭事服を引きながら、葛原は一人姿勢を正し中央を進んだ。
菰野と小柚も今日ばかりは式服を着て、葛原の姿を見守っている。
「いよいよですね」
小柚の囁くような声に、菰野も
「ああ、そうだな」
とだけ小さく答えた。
烏帽子を外し、口上を述べた葛原の頭へ、神官が冠を乗せる。
これは本来ならば、譲原が果たすべき役だったが、この場に皇の姿は無かった。
菰野は、義兄の頭に冠が結ばれるのを、息が詰まりそうな気持ちで見ていた。
もう、今までと同じではいられないかも知れない。
母が亡くなっても、それでも菰野はこの城で、譲原皇にあたたかく見守られ、久居に支えられながら過ごしてきた。
けれど、そんな日々は、もうこれで終わってしまったのだと、もう二度と戻りはしないのだと。
そんな予感は、確信に近いほどの重さで、菰野の胸を押し潰す。
戴冠した葛原は、そっと目を開く。
これで、この国(藩)は名実ともに葛原の物となった。
燻んだ黒髪の下で、彼は見るものの心を凍てつかせるほどの、暗い決意をその瞳に宿していた。
菰野の背筋を、ぞくりと悪寒が通り過ぎる。
「菰兄様……」
隣から不安そうな声がして、菰野は隣に立つ小柚を見た。
「やはり、お父上はいらっしゃいませんでしたね……」
大きな瞳をわずかに伏せる小柚の肩を、菰野は優しく支える。
「大丈夫。今しっかりお休みになっていらっしゃるのだから、時期に良くなるよ」
「そう……ですよね……」
「ああ……」
それは、菰野自身の願いでもあった。
(……母様……。どうか、譲叔父様をお守りください……)
菰野は母の面影に縋るように、心から祈りを捧げた。
作品名:Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都