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Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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 茂みを掻き分けた先には、一人の少女が座っていた。

 二人は、それぞれに違うことを考えながらも、結果、無言で見つめ合う。

(バレてないバレてない!!)
 フリーは内心ほくそ笑む。
 長い耳は髪の中に隠し、触角は髪に沿わせて後ろ側へ倒し、後頭部で手で押さえていた。
 羽根も、転げ回ったせいで割れていたので、背中側を覗き込まれない限りは大丈夫だと思う。

 菰野は、黙って状況把握に努めていた。
(こ、これは……)
 少女の耳は確かに髪に隠されてはいたが、その長さは髪が隠せる範囲よりも長く、端が少しずつはみ出している。
 後頭部を押さえたまま離さない手はえらく不自然だったし、周囲にはどう見ても翅の残骸に見えるものが散らばっている。
(昨日ここで見た人……いや、妖精……の、ようだが。
 えーと……人間のフリをしている、の、だろうか?)
 菰野はここまで、わざとゆっくり茂みへ近付いた。
 それは、相手に逃げるための時間を与えるためだった。
 姿を偽るならば、なぜその間に逃げなかったのか、と菰野は思いかけて、その足の怪我に気付く。
 少女のくるぶしには血が滲み、酷い色に変わっていた。
「怪我してるの?」
 言葉と同時に、菰野はひょいと垣根を超えていた。
 自分で思うよりも早く体が動いてしまい、少女が急に動き出した少年にびくりと肩を揺らす。
「あ、驚かせちゃってごめん。大丈夫、何もしないよ」
 謝りながらも両手を開いて相手に見せる。何も怪しいものは持っていないと伝えるために。
「その……怪我、見せてもらってもいいかな?」
 元から優しい声質の菰野が、なるべく優しい声で話しかける。
「え?」
 問われて、少女は菰野が思うよりもっと可愛らしい声で答えた。
「う、うん……、いいけど……」

 フリーは思う「人間って、私たちと同じ言葉使うんだ……」と。
 菰野も同様に思っていた「とりあえず、言葉が通じてよかった……」と。

「わー……痛そうだね……。足の指は動く?」
 菰野は、フリーの足首に、それはそれは優しく触れた。
「うん、動く……痛いけど……」
 フリーは、菰野の纏う柔らかな空気に、ほんの少し緊張を解く。
「打撲と捻挫みたいだね」
 菰野はキョロキョロと辺りを見回しながら尋ねる。
「この辺りに川とか無いかな?」
「細い川なら向こうにあったよ」
 フリーは昨日見つけた小さな川を思い出して、指差した。
「湧き水かな? 行ってみる」
 待っててね。と言われて、逃げようにも動けないフリーが頷くと、菰野は安心させるようにふわりと微笑みを残して、駆け出した。

 花が綻ぶような、あたたかな微笑み。
 その余韻を残したまま駆け去るその背を見送りながらフリーは思う。
(人間って、思ってたほど怖くない……の、かも?)


 菰野は、迷う事なく目的の小川に辿り着いていた。
「これだな……」
 サラサラと流れる水に指を差し込むと、それはとても冷たかった。
 これで冷やせば彼女の痛みも少しは良くなるだろうか。
 そう思いながら、菰野は自身の帯を解くと、冷水に浸した。
 すぐ戻ろうと立ち上がった菰野は強烈な目眩に襲われる。
(立ちくらみ……?)


 一人残されたフリーは、この森の異様な静けさに、まだ幼い頃の出来事を思い出していた。

 人間たちよりずっと聴力の良いフリーの耳をもってしても、この場所には、生きるものの音がまるで聞こえなかった。
 ここは、生き物の住めない場所だ。

 結界の周りには、リスも小鳥も、……ウサギもいない。

 フリーとリルは幼い頃、家でウサギを飼っていた。
 ウサギはふかふかで、フリー達によく懐いた。
 撫でると気持ち良さそうに目を細めて、撫でれば撫でるほどに伸びた。
 フリーもリルも、とても可愛がっていたし、よく世話をしていた。

 ある日、うっかり、水を替えた隙にウサギがカゴから飛び出した。
 けれどその日はたまたま部屋のドアが開いていて、家の戸がほんの少し開いていた。

 二人は必死で後を追ったが、幼いフリーよりもウサギの方が、ずっと足が速かった。
 追われて、ウサギはついに結界石の外へと出てしまう。

 せめて、村の方へ逃げてくれれば良かったのに。
 ウサギは村の外へと、結界石の外へと出てしまった。

 そこでやっと、フリーはウサギに追いついた。
 ウサギは結界石を出て少しのところで、ぐったりと横たわっていた。

 駆け寄ったフリーがウサギを抱き上げると、ウサギは震えながらも必死に目を開いて、フリーを見て、そして永遠に目を閉じた。

 しばらくして、リルが母の手をぐいぐい引きながら走って来た。
 フリーの腕の中でふかふかの塊は、少しずつ少しずつ、冷たくなってゆく。

 ぽたりと、ウサギの毛の上に落ちて弾けた雫は、自分の涙だった。

「お母さん……。なんでこの子……死んじゃったの……?」

 母は、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「結界石からは、とても強い力が出ているの。結界の中は結界に守られているから大丈夫なのだけれど……」
「外に出ちゃうとダメなの?」
 母の手を両手で握りしめて、リルが尋ねる。その瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れていた。
「ええ……。結界石に近づけば近付くほどその力は強く影響してしまうから……。結界のすぐ外には草一本生えないのよ」
 母の言葉通り、結界石の内側は雑草だらけなのに、そこから先には一本の草も、蟻の一匹すら姿を見せなかった。
「ボクたちは平気なのに……?」
 尋ねるリルの頭を、母は優しく撫でて言う。
「それは、結界の管理者である私が、あなた達を特別扱いするように結界石に設定しているからよ」
 その言葉にフリーは反応した。
「……この子にもそれがしてあったら、死ななかったの?」
「そうね……迂闊だったわ……」
「私も、その設定っていうのできるようになりたい……」
「ボクもー」

 ガサッと近くで音がして、フリーは回想から戻る。
 顔を上げれば、先程の少年が、長い布を手に戻ってきていた。
「ただいま……」
 菰野は、近くの木を支えにするようにして、なんとか立っていた。
 目眩やフラつきは、あれから一向に治る様子を見せない。
「お、おかえり」
 しかしフリーは自分の触角を押さえるのに必死で、そこまでは気付かない。
(今はこの状況をどう切り抜けるかだわ……)
「あー……、さっきより腫れてきちゃったな」
「うん……」
「しっかり固定しておくほうがいいから、ちょっと強めに巻くけど我慢してね」
 菰野はフリーの足首を、よく冷やした自身の帯で固定する。
 ぎゅっと縛られて、フリーが小さく悲鳴をあげる。
「はは、ごめん……」
 苦笑する少年の声があまりに力無く聞こえて、フリーはその顔を見上げた。
(あれ……?)
「これでよし、かな……」
 フリーの足の様子をまだ心配そうに診ている少年は、いつの間にか肩で息をしていた。
(なんだかこの人、顔色悪くなってない?)
 そこでようやくフリーは気付く。
 結界石の強い力が、この少年を侵しているのだと。
「ねえ、具合悪いんじゃない? 早く山を降りたほうがいいよ!」