マイカ4×4(フォーバイフォー)
02
ぼくは持ち帰ったカメラを、あらためてあちこち調べてみた。やっぱり、なかなかいいカメラだ。クロームはピカピカしているし、革張りも塗りもだいぶ剥げてるけれど残った部分は黒光りしてる。
シャッターもどうやら問題なさそうだった。セルフチャージこそされないが、二重露出は防止される。巻き上げはノブ式だけどカチリと止まる。
音がいいのは、材質も、工作精度もいいってことだ。レンズは60ミリF2.8――鏡枠にそう刻印されている。ニッパチとは奢ったもんだ、こんなもの、普通はF3.5(サンハン)くらいだろうに。
ファインダーの出来は、ちょっとどうかと思う。ピントが合わせづらいし、暗い。今どきの一眼レフ辺りと比べちゃいけないのかもしれないが。
二眼レフは人物撮影に向いてるとずいぶん前に読んだ本に書いてあった。カメラを向けられている気があまりしないから、相手の自然な表情が撮れると。
そうは言っても、誰を撮るんだ。男なんか撮ってもしょうがないしな――とぼくは、ファインダーに映るアパートの自分の部屋を見ながら考えた。左右が逆だ。カメラを振ると、像が逆に流れていく。おもしろい。
裏蓋を開けて内部を覗いてみた。正方形のアパチュアゲート。〈ベスト判〉というのは確か、127をセミ判くらいの長方形で使うフォーマットのことだったよな……とすると、こいつは正しくはなんというのだろう。〈ヨンヨン判〉か? 4センチ掛ける4センチで。
小さくてかわいい。気に入った。こいつで写真を撮ってみたい。
よし、こいつに名前をつけてやろうと思った。名無しのゴンベエじゃかわいそうだ。
子供の頃、家で犬を飼っていた。名はマイク。雑種だったけど、いいやつだった。あいつの名前をもらおう。マイカ。マイクのカメラで、〈マイカ4×4(フォーバイフォー)〉。
とは言ったものの、撮れるのか? カメラの中には、ちゃんとスプールが入っている。だからフィルムのリーダーをこいつに挿してやればいい。それでシャッターを切れば、写る。はずだが、フィルムが生きていればの話だ。
もらった127のフィルム。六本あったが、だいぶお歳を召してらっしゃるように見受ける。モノクロが当たり前だった時代のものに違いない。まだ感度を保っているか。
撮ったとして、127のフィルムなんて、どこで現像してくれるんだ。あと引き伸ばし、焼き付けは。探せばやってくれるところもきっとあるだろう。けど今どき、そんなの、いくら取られるだろうか。
どうせカネを出すんだったら――とぼくは思った。自分でやってやろう。現像タンク。各種薬品。あと印画紙があればいい。そう費用もかかるまい。引き伸ばし機なんか要らない。ベタを取ればいい。大きくプリントするのなら、スキャナに掛ければいいのだし……。
決めた、と思った。うれしくなって、その夜はなかなか寝付けなかった。
作品名:マイカ4×4(フォーバイフォー) 作家名:島田信之