小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

マイカ4×4(フォーバイフォー)

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 

01



久しぶりに店長から電話があった。お前にやるものがあるから来いと言う。〈店長〉というのは、ぼくが以前バイトしていたファミレスの店長だ。だから今でも店長と呼んでる。店長も今では別の仕事をしてるから、実は言葉のどんな意味でももう店長じゃないんだけれど。

住んでいるのは近所だから、昔は何度か家に遊びにも行ったけど、店長が結婚してからは道で挨拶するくらい。だから、ずいぶん久しぶりだ。

行ってみると、カメラだった。旧(ふる)い二眼レフだ。また、やけに小さい。

「ベスト判じゃないですか」

「なんだ、そりゃ」と店長。「もらい物なんだけどな、どうも、全然わからない。お前、こういうの、詳しいだろ」

で、くれると言う。うーん、と思った。正直、こんなのをもらってもな。

シャッターをチャージして、レリーズしてみる。切れた。一応。ちゃんと正確に動いているかどうかは知れない。でも、シャッターが切れるってことは、使えるってことだ。とにかくは。

使えないのは、

「これ、フィルムがないんですよ。もうとっくに造られてない。ひょっとするとマニア向けにどこかで造っていたりするかもしれませんけどね。でも手に入れようとすると、かなり高くつくんじゃないかな」

「フィルムならあるぞ。これでいいのか」

細長い小さな箱をいくつか出した。開けてみる。フィルムを巻いたスプールが、箔にくるんで収まっていた。大きさは単三の乾電池ほどだ。

「やけに細っこいな。なんなんだそれ」

「そういうフィルムなんですよ」言ったものの、このテのものはぼくも本でしか見たことがなかった。「普通のパトローネ式のやつと違って、巻いて巻き戻すってことをしない。同じスプールをもう一個使って、それにきっちり巻きつける。隙間がないから細くなるんです、画面自体は大きくてもね」

「何を言ってるか、サッパリわからん」

実物で説明しようとしたが、頭が痛くなるからやめろと言われた。まあ、それが利口かもしれない。ひとつひとつ説明してたら日が暮れちまう。

旧いカメラは値打ちが出るものと思ってる人が多いらしい。テレビなんかでよくそんな話があるが、とんでもない大嘘だ。カメラというのは、精密機械だ。古くなれば、どうしたってガタがくる。骨董的な価値はない。

とりわけフィルムも現像代も高くなってしまった今に、こんなもの、中古カメラ屋に持って行っても言われるのはこうだろう、『これはお持ちになっていた方がよろしいですよ』。いつか値打ちが出るからじゃない。ゴミは買い取れないからだ。

それにしても、

「これ、なんてカメラなんです」

「さあ。お前にもわからないか」

わかるわけない。銘板がないのだ。つまり、普通ならおでこのところに、造った会社の商標を記した板が付けられているわけだ。が、このカメラにはそれがない――ないと言うか、取れてなくなってしまってる。

それがあったはずのところに、ネジ穴がふたつ残っているだけ。気の毒に。こいつは名無しのゴンベエだ。

あちこちためしすがめつしてみた。レンズの鏡枠の文字とか、横の刻印とか――けれど、わかったのはこれがメイドインジャパン、日本製ということだけ。

「こりゃあきっと、〈AからZまで〉って時代のやつだな。名前はお手上げだ」

「AからZ?」

「ええ、まあね。こういう二眼レフっていうのは、構造がすごく簡単なんですよ、カメラとしては。だから戦後の復興期、造る会社がずいぶんたくさんあったんですって。ちっちゃなもんでしょ、カメラなんて。クルマとか、ピアノとかに比べたら……でも結構お金になるというわけで。だからそういうメーカーの名前、アルファベット順に並べたら、AからZ全部揃うんじゃないかって言われたんだとか」

「ふうん、なるほどねえ」

「でもそれにしちゃ、これ結構いいカメラかもですよ。レンズ、カビが生えてるけど。もらっちゃっていいんですか」

「何? カビが生えてるだと?」

ぼくはカメラの裏蓋を開けて――やり方がよくわからずに苦労した――絞りを開放にした。シャッターをバルブにして開け、蛍光灯の光にかざす。

「いいですか。こうやって覗く」

「うわっ、ひでえ」

ぼくも覗いてみた。白く、小さなカビが見える。店長にどう見えたかしれないが、そうたいしたものじゃない。写りにはさして影響ないだろう。

「なんでガラスにカビなんかが生えるんだよ」

「押入れなんかに長い間入れとくとね。湿気があるでしょ」

「だって、レンズの中じゃないか」

「だから余計。隙間から入って巣くっちゃう。一度入ったら出らんないでしょ」

ぼくはもう一度、本当にもらっていいのかと聞いた。

「最初っからやるつもりだから、別にいい。お前こそいいのか、そんなやつ」

「まあ、こんなのは普通です」

「よし、持っていけ、泥棒」

こうして、カメラはぼくのものになった。
 
店長は言う。「それな、もともとウチのやつがもらってきたんだよ。友達んとこのじいさんの持ち物だったらしいんだけど」

ずいぶんとタライまわしにされるカメラだ。「へえ。なるほどね。おじいさん」

「うん。最近死んだんだって」