短編集94(過去作品)
と感じていたが、なぜかその時の表情が分かっていたように思う。
最初はニヤリと笑っていたように感じたが、まったくの一瞬で、次の瞬間にはまったく違う表情を感じた。
――怯えているんだ――
相手ののっぺらぼうは、格子戸から覗いている中山の表情を見ながら明らかに怯えを感じている。
そう感じるとのっぺらぼうの正体がおぼろげに分かってくるのだった。
――そこにいるのは、自分じゃないか――
と感じたその時、目が覚めたのだ。
怖い夢を見た時の目覚めはいいものではない。しかしなぜかその時の目覚めは安心感のある目覚めだった。
それはきっといくらのっぺらぼうになっていたとしても、相手が自分であると分かった時の安心感だろう。おびえを感じることで相手が自分だと気付いた。相手よりも少しでも優位を感じれば、分からなかったことでも分かってくるのである。
格子戸を通してのちょっとした距離の間に、距離では測ることのできない時間が存在しているように思えた。
――どこかで見たことがある場所だ――
と感じたのは、その時の夢の最後で、
――もう一度、同じような光景を見ることになるだろう――
と感じていたからに違いないことを、やっと今悟ったのだ。
子供の頃に見たお化け屋敷、真っ暗な怖さを感じたが、それに近いものをのっぺらぼうにも感じていた。もし、暗闇の恐怖を知らなければ、のっぺらぼうが自分であることも悟れなかっただろう。格子戸から覗く相手は自分であると、最初から分かっていたのは、本当の恐怖は暗闇にあることを分かっていたからに違いない。
武家屋敷で感じた気持ち悪さをもう一度感じるとすれば、今ここで感じた暗闇を恐怖だと感じなくなった時だろう。それがいつかと言われると分からないが、もし分かっている人がいるとすれば、それは格子戸から覗く自分なのかも知れない。
――格子戸を覗く自分――
漫画が完成していれば、暗闇の中を彷徨う自分が格子戸から見ている光景を味わっていたに違いない。
のっぺらぼうが不気味に笑っていたのを知る人は、誰もいない……。
( 完 )
作品名:短編集94(過去作品) 作家名:森本晃次