左端から見れば全部右寄り Part.7
3.漫才台本『権利』と『通理』
「お前、西周(にしあまね)って人知ってるか?」
「誰やそれ」
「幕末から明治維新にかけて活躍された学者先生や」
「へえ、お前がそんな人の話を始めると思いもよらんかったわ、全然似合わんで」
「ほっとけ! ちょっとな、小耳に挟んだ話があるんや」
「どこに?」
「いや小耳に」
「何も狭まっとらんで」
「ホントに挟んでるのとちゃうわ、たまたま聞いた話ってことや」
「ほな、はなっからそう言えばええんと違うか? 偉い先生の話するからってカッコつけてからに」
「ええやんか、ちっとは賢そうにせんとこの話はできんのや」
「そいで? 何した人だったんか?」
「日本はそれまで鎖国しとったやろ? 維新になってどっと外国の知識や考え方が入って来たんや」
「ああ、なるほど、そやろな」
「西周はんは、外国の本を翻訳してな、それまで日本語になかった言葉も漢字でわかりやすう訳してくれはったんやな」
「例えば?」
「Artを芸術とか、Democracyを民主主義とかな」
「ああ、なるほどな、漢字になるとなんや意味は伝わって来るわな」
「そやろ? だけどな、Rightを権利と訳したのには福沢諭吉はんが噛みつきはったんや」
「なんで?」
「その訳は間違いや、Rightは通理と訳すべきやとな」
「ふうん……確かに『権利』と『通理』じゃ随分違ぅて聞こえるな」
「そやろ?『権利』の『権』の字は他にどう使う?」
「人に振るなや、対案は自分で出せ」
「なんやどっかの政党みたいな言い草やな、『権力』とか『権威』に使われとるやろ?」
「それ言おう思うてたんや」
「ホンマかいな、後出しはやめや、なんか『権』の字には威圧的な感じあるやろ?」
「そやな」
「その『権』に『利』がくっついてるんや、なんや、自分のために何でも言うたらええんや、他人を脅したりしてもかまへん、そんな感じないか?」
「たしかにあるな……ほな、さっきの『通理』ってどういう意味合いになるんや?」
「アメリカの独立宣言にはな『神から与えられたRight』とあるんや」
「お前から独立宣言の話聞くとは思わなかったけどな、日本でならさしずめ『天から授かったもん』ってなことやな?」
「その通りや、ほいでな、その後に具体的な内容も続くんや、Rightってのは『命』『自由』『幸福の追求』なんやそうや」
「つまり、誰にも殺されんで、奴隷みたいにさせられんで、幸せに暮らそうとするっちゅうことやな?」
「そや、それがRightなんや、そやから福沢はんは『通理』と訳すべきやと言うたんや」
「つまり、人が当たり前に持ってるべきもんや、ってことやな?」
「そうや、『当たり前』なんや」
「それが『権利』になるとちょっと違う感じが確かにするな」
「そやろ? 例えばな『所有権』いうたら、金出して買わにゃならんし、『著作権』言うたらええもんをこしらえんと貰えんものやろ?」
「漫才のネタに『著作権』あるんやろか……印税もろたことないけどな」
「まあ、そこは置いといてや、『権利』ってのは『天からの授かりもん』やなしに『自分から取りに行かにゃならんもん』やろ? そやから福沢はんは誤訳や言うたんや」
「そこがごっちゃになっとるってわけやな?」
「そや、そやさかい、『天からの授かりもん』って概念がなくなってもうたんや」
「お前が『概念』とか言うとなんやこそばゆいけどな」
「ほっとけ! こんな話があるんや……ある女子中学生が援交してたんや」
「わいはもうちょっと年上の方がええけどな」
「わいもや……ってそこは問題やない、その子がな、テレビの討論会みたいなのに出たら、大人たちから『そんなことしてたらいけない』言われたんやな」
「まあ、そうなるやろな」
「でもその子はな、『誰に迷惑かけてるわけじゃないし、あたしの勝手でしょ? あたしにだってそうやってお金を貰う権利はあるし、あんたたちはあたしを批判する権利なんかない』って言うたんや」
「なんか……微妙やな」
「そやろ? 中学生が『権利』あるって言うてるけど、これが『通理』やったらどうや?」
「やっぱおかしい思うわ、自分の身体やから『権利ある』言うたらそうかも知れんけど、お天道様に恥ずかしないことやないからな」
「中学生に意見した大人たちは?」
「ああ、そっちは当たり前のこと言うてるわな、その子の為を思ってのことやろうし」
「そやろ? 大人たちは『通理』を言うてて、中学生は『権利』を言うてたわけや」
「それがごっちゃになってるからややこしいわけやな」
「そや、大人たちはまともなこと言うてる思うお前もまともやな」
「さよか? お前にそんなん言われるとは思わなんだけどな……お前が言わんとしてること、何とのう分かったわ、今の世の中『権利』を主張する人が増えて『通理』が通らんようになってる、そういうわけやな」
「そや、例えばな、幼稚園の近くに引っ越してきて、子供の声がうるさいから何とかしてくれ、言うのは『通理』からするとおかしいやろ?」
「そやな、幼稚園の方が住宅地の真ん中に引っ越して来たんならまだわかるけどな」
「こんなこともあったで、ある町の防災訓練に自衛隊の炊き出し車が毎年参加してカレーライスを配っとったんだがな、ある団体が、訓練会場の小学校に自衛隊が入るべきじゃない言い始めたんや」
「炊き出ししとるだけやろ? 小学校で実弾訓練するわけやないんやし、自衛隊のカレー旨いらしいやん」
「これは『権利』の拡大解釈やな、自分らの主張に合わんことを小学校がするとは何事や、ってなクレームやな」
「そう言うの、近頃多いな」
「そやろ? 自衛隊が嫌なら防災訓練に行かなけりゃええだけやん、それを自衛隊に『来るな』言う通理はないで」
「防災訓練ならなおさらや、災害があればお世話になるかも知れんしな」
「こんな話もあるで、ある町内会の夏祭りでな、回覧板で『お父さんたちは櫓作りを、お母さんたちはお汁粉作りを手伝って貰えませんか』と呼びかけたんやな」
「それのどが問題なんや?」
「『男女同権に反する』言うんやな」
「そらおかしいわ、お汁粉作ってるところにお父さんが行ったら『男の人はあっち、櫓作りでしょ』って追っ払われるんと違うか?」
「そやろな、でも、お前、それを差別だと思うか?」
「思わんな、逆にY田S保里みたいなお母さんが来て、ちょちょいと櫓建ててくれたら拍手喝采やけどな」
「差別はいかん、ってのはわいも『通理』や思うわ、せやけどお父さんは櫓、お母さんはお汁粉言うのもまた『通理』って言うかな、当たり前のことや思うで」
「わいもや」
「そうやってな、『当たり前』が通じなくなるくらいに『権利』を主張する、『権利』を振りかざして自分の考えを他人に押し付ける、そう言う世の中になって来てへんか? そういうことや」
「そやな、ほいで、そう言うのにあっさり屈しちまうのもよろしないな、『通理』に照らして間違ってなければ堂々としてればええんや」
「そやろ? わかってくれて嬉しいわ……ほいでな、このネタ、ほとんどワイが考えたんやさかい、今日のギャラは8:2ってとこでどうや?」
「そらあかん、それについちゃワイも『権利』を主張するで」
(注:『ねずさんの学ぼう日本』を参考にさせていただきました)
作品名:左端から見れば全部右寄り Part.7 作家名:ST