狐鬼 第二章
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何処 迄も何処 迄も続く、石階
雲海の如く生い茂る巨大な森を俯瞰(ふかん)する
朝露に佇む「闇」の森は陽光を受けても何(なん)の其の「闇」のままだった
到底「神狐」には見えない
全身 黒尽くめの、パンクファッションを着 熟(こな)す
黒狐に抱き抱えれ 此の世のものではない速度(はやさ)で辿り着く
(今)再び 此処に降り立つ
意外にも(あ?←黒狐)紳士的な態度で
自分を運ぶ 黒狐に礼を述べる
すずめは先に(到着して)いる是又「神狐」とは思えぬ
金髪の長髪にブレイズヘアを施す金狐と白装束姿のひばりと共に見遣る
丸で 時代劇に出てくる武家屋敷の棟門のような
立派な門扉
思えば 彼の時も
今も辿り着いた安心感等、ない
此の時の心理は何なのだろう
怖い反面、興味本位で覗いて見たくなる
仰ぐ如く視線を上げた其処には
森に囲まれた底の抜けた、空
終わりではない
背後の森は屋敷を呑み込み、延延に続いている
此処は森の中だ
黒目勝ちの、やや切れ長の目
肌の色素が少ない為、映える薄紅色の唇は口数は少ないが
大人しい印象とは裏腹に、ふとした瞬間に見せる
やんちゃそうな笑顔
幾分、細身のしなやかな肢体が颯爽と歩く度
少し癖のある黒緑色の髪が優雅に跳ねる
容姿端麗
勉強も運動も上位の彼は
誰もが遠く誰もが憧れる存在
知らず知らずの内に彼の姿を探し求め追い掛ける
喧騒の校内
同級生達と他愛無い会話をする、休み時間の廊下
窓辺に佇む彼は丸で一枚の絵画のようだった
寄り掛かる窓枠を額縁に
窓硝子に架かる中庭の木木を背景に
其処だけ、彼だけ、全てが止まっている感覚
そんな時間の中で彼は一体、何を思っていたのだろうか
此処は永永、森の中だ
鯔の詰まり孤独だ、と 眉を寄せる
其の瞼を伏せる すずめの後ろから黒狐が呟やく
「、気配が全くねえぞ(?)」
おどろおどろしい形(なり)の割には
「狐鬼」の「こ」の字も感じられない雰囲気に一歩、退(ひ)く也
我が身の前面と背後の森をぐるりと見回す
当然(は?←黒狐) 黒狐の感想等 無視(スルー)する
金狐は 眼前の門扉に手を翳すも触れる直前、薄(うっす)ら牙を剥き微笑(わら)う
「成程(なるほど)」
「「門」は「門」だ」
徐に人差し指を突き立て 軽く押せば
吃驚(びっくり)する程、容易く開(ひら)く 門扉の向こう
「紛う方ない 闇の「門」だ」
遠く 茜色に染まる夕空を眺めた、中庭
風鈴の舌に下がる 短冊が奏でる音色に耳を傾けた、離れ家
然して
白狐が(咆哮で)破壊した、屋敷跡
其の 全てがない
広がる森
否、森の姿をした「闇」
何処迄も
何処迄も続く伽藍堂(がらんどう)の如く「闇」に果て 等、見えない
目を見張ったまま固まる
すずめを尻目に 此の「闇」を抜けたであろう
ひばりも改めて息を呑むも不意に気付いたのか、微かに首を振る
自分は抜けていない
自分は「一人で」此の「闇」を抜けていない
釣られるように差し伸べる、自らの左手が覚えている
自分を見送る 背後の少年
自分を見送り振る 其の手はつい先程 迄、繋いでいた手だ
此の「門」の前 迄、自分と繋いでいた手だ
何故?
何故?
震える右手で握り締める
左手が覚えている
「孤鬼」とは 一体?
と、何時(いつ)から見られていたのか?
犇犇(ひしひし)と伝わる 金孤の視線を感じ取る
ひばりが素知らぬ顔で身を翻(ひるがえ)す
何故?
何故?
彼の 金孤は
「巫女」でもない自分を覗こうとするのか?
否(いな)、既に覗かれているような気がするのか?
すずめと同じく、違和感を覚える ひばりだったが
すずめと違い、不思議と不快ではない
寧ろ心地良い等、有り得ない
(自分)自身、戸惑う感情を悟られるよう
ひばりは努めて内心を「無」にする
一方、振(避け)られた結果
面白くない金狐の視線は腹癒せの如く黒狐へ向かう(おい!←黒狐)
「此処に 在りながら」
「此処に 無い」
ならば 何処に在るのか?
と 問われれば答えは「一つ」しか 無い
「狐鬼」のみが君臨、支配する
「闇」のみだ
「神狐と雖(いえど)も」
「此処に踏み入(い)る事、踏み止(とど)まる事も難しいだろう」
沁沁(しみじみ)、所感を述べる
金孤(兄)の言葉に突如、黒狐は両の手で後頭部を掻き乱す
「戻ってくる気もねえし」
「帰ってくる気もねえし、そーゆーこった」
然う、すずめ相手に放った自身(黒狐)の言葉に対して
何とも軽軽しい
何とも重重しい
何とも苦苦しい思いで奥歯を噛み締める
黒狐を尻目に掛ける金狐が口元を歪ませ止(とど)めを刺す
「お前(黒狐)如き」
「巫女 (すずめ)付きになろうが無謀極まりない」
「闇」を眼の前にして十分、理解した
(理解した)が金狐は止まらない
「長老狐達の鼻を明かすのは構わないが」
「生憎、お前(黒狐)は捨て駒だ」
引き攣り、吊り上がる
黒狐の唇の隙間から不穏な音を鳴らす牙が姿を表わす
「彼(あ)の、狸爺 共(ども)めえ」
元より逆立つ黒髪が更に逆立つ
が 直様(すぐさま)、黒狐は重大な事柄に気が付いて金狐を仰ぐ
相手(黒狐)の視線に其の眼を眇める
相手(金狐)は確かに言った
踏み入る事も
踏み止まる事も出来ない、と
反芻する頭を抱えて黒狐が聞き返えす
「じゃあ!」
「じゃあ 如何やって潜 (る)んだよ?!」
待ってたぜェ、この瞬間(とき)をよォ
と、ばかり此の上ない嘲笑を浮かべる 兄(金狐)が弟(黒狐)に答える
「俺とお前とでは、次元が違うんだよ」
其れは「答え」なのか?
其れは「答え」ではないような「?(はてな)」顔をする
黒狐を余所に金狐は強大な「闇」を望む
「然(しか)し潜れた所で」
「さ狐、お前は独りで潜る気はあるか?」
「みや狐殿のように」
彼等の頭上は疎か
天上すら覆うような強大な森を莞爾(かんじ)する余裕を見せる
金狐だが軈て琥珀色の眼を伏せる也、吐き捨てる
「俺は御免だ」
つい先程、次元が違うと宣った
兄(金狐)の到底、らしくもない弱気な?台詞(セリフ)に声を失う
黒狐は金狐の横顔を穴の開(あ)くほど見詰めるも
当の本人(金狐)は取り合う気がないのか、其の名前を呼ぶ
「すずめ(!)」
途端、芝居 掛(がか)る声でお呼びがかかる
すずめが弾かれたように声の主である金狐に向き直る
「みや狐殿に会いに参ろうか(!)」
ずいっと!
突き出される手の平を、すずめは凝視する
ずずいっと!
更に突き出される手の平を、すずめは(仕方なく)握り締める
(す)(唯でさえ筒抜けなのに)
(触れたりしたら…)
(金)(だだ漏れ)
自身の懐(ふところ)を表すかのように、にっこりと点頭する
金狐がもう一方の空(から)の手を、ひばりに差し出す
「差し出す」時点で、すずめとは違う
ひばりには恭(うやうや)しく頭(こうべ)を垂れて、お願いする(えぇ…、←すずめ)
「巫女殿」
「一時、俺の「巫女」となり「力」を貸してくれないか」
蕾ながらも咲笑う
躊躇(ためら)いなく互いの手の平を重ね合わせる、ひばりが呟やく