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狐鬼 第二章

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分かっていた
分かっていたけれど

「さよなら」すら言えないとは思ってもいなかった

唯唯、其れが悲しい
唯唯、其れが泣き叫ぶ程、悲しい


すずめの 其の声は(自室)部屋の外
くろじの手前、二の足を踏む はつねの耳にも届いた

直様(すぐさま)、目の前のドアノブに飛び付く
はつねよりも素早く 玄関扉を開(あ)ける、くろじの前を走り抜ける

泣き噦(じゃく)る女 (はつね)の相手は出来るが
泣き噦(じゃく)る妹 (すずめ)擬(もど)きの相手が出来るかは 微妙だ

微妙だが

腹を決めて 後を追う
くろじが玄関土間に上がり掛けて不図、止(とど)まる
(アパートの)外廊下に転がる
脱ぎっぱなしの、はつねの履物(サンダル)を拾い上げて 顔を上げれば
隣の(自分達の部屋)玄関扉から神妙な面持ちで顔を覗かせる
古着屋店主と、目と目が搗(か)ち合う

そりゃ そうだ
あんな(泣き)声が聞こえれば、はつねじゃなくても心配になる

だが 打明(ぶっちゃけ)
自分 等(ら)の心配 等(など) 微妙だろう

小さく息を吐(つ)き ドアノブに手を掛ける
くろじは、其のまま上がる事なく玄関扉を閉じた

以降、当然ながら
すずめは、はつねの監視下に置かれる

ログハウス喫茶店(カフェ)
屋外(テラス)席、木製両開き扉の 硝子(ガラス)を覗き込む
浜辺に佇む すずめの姿を、はつねは遣る方無い気持ちで眺める

彼(あ)の 二人の「糸」は
今は(?)「赤」ではないが別の「色」で結ばれているのだろう

そう 感じたのは「今」も変わらない

互いには
互いしかいない そんな二人に

懐かしくも幼ない
懐かしくも切ない 自身の「青」を「春」を感じたのは 変わらない

途端、近場の食卓(テーブル)に布巾を叩き付け 吐き捨てる

「もう!」
「みやちゃん 何処、行っちゃったのよ!」

機械的に 開店準備を終える
はつねは足取り重くも「営業中」の 札を店先に吊り下げに向かう

抑(そもそも)、夏場以外は
地元客相手に細細と営業している商売だ

此(こ)の 緊急事態に
休業する選択肢もなくはないが
自身 (はつね)の精神衛生上、頗(すこぶ)る 宜しくない

日日
忌忌しさに腑(はらわた)が煮え繰り返える

日日
未(いま)だに「みやちゃん効果」なのか

頓(とん)と 閑古鳥が影を潜(ひそ)める
ログハウス喫茶店(カフェ)は 程程に繁盛していた

お陰で 気が紛(まぎ)れる
お陰で すずめの様子を気に掛ける暇がない

と、木製出入口扉を閉める、はつねが「定期」とばかり
再度、屋外(テラス)席 木製両開き扉の 硝子(ガラス)越し覗き込んだ瞬間

有ろう事か

すずめに掴み掛かる
危険人物(黒狐)の姿を目撃する

次の瞬間

蹴破る勢いで 屋外(テラス)席、木製両開き扉から飛び出る
猛ダッシュで(事件)現場に駆け付ける途中、視界の端に捉える 板切れを引っ掴む
前傾姿勢で突き進む、はつねの目前
すずめに声を掛けるや否や 流木を足場に危険人物(黒狐)目掛け 飛び掛かる

結果

ひょいと、はつねの攻撃を躱(かわ)す次(つ)いでに 相手の身体を肩に担ぐ
黒狐が 硝子玉のような眼を眇(すが)めて、すずめを見下ろす

「願いを 言え」
「みや狐の代わりに 何(なん)でも叶えてやる」

「神狐」様様、お決まりの台詞(セリフ)

すずめは すずめで余りの事に腰を抜かしたのか
其の場にへたり込む

「、みやこ?!」
「、みやこ、って「みやちゃん」の事?!」

途端、黒狐の腕の中で力の限り 暴れていた
はつねが(其の)身体を起こし 其の 端正な顔を墨墨(まじまじ)と見詰める

気怠そうに 鼻を鳴らす
黒狐も紫黒色の硝子玉の如(ごと)く 眼で睨み返えすも

如何いう訳か
鼻を突き合わせる はつねは全然、動じる様子がない

すずめは分かる
すずめは「腐っても「巫女」」だ

然(しか)し 目の前の此奴 (はつね)は
と、違和感を覚える 黒狐自身、珍しく「喧嘩上等!」で 退(ひ)かない

暫(しば)し 見つめ合う事、数秒

突如、(黒狐の)横っ面に張り手を嚼ます
はつねが見事、黒狐の拘束から逃れて すずめの元へと這い寄る

兎にも角にも

此(こ)の全身、黒尽くめの
此(こ)の全身、パンクファッションの

「、誰?、この子?」

声を落として すずめに訊ねる
はつねは確かに 此の少年の口から「みやこ」と、聞いた

聞いたが
女(子ども)相手に掴み掛かる等(など)、言語道断

すずめを庇い 身構える
視線は、声すら出ず顔面を抱えて しゃがみ込む
黒狐にロックオンしたままだ

激痛に歯を剥く
黒狐は完璧に油断した
略(ほぼ)、初期動作なく 繰り出された
はつねの張り手は 恐ろしい程の威力を発揮していた

苦悶する 黒狐を前に
華麗なる はつねの身体能力に色色、驚きを隠せない
すずめだったが取り敢えず厳戒態勢を解除してもらい 説明する

「、みや狐の、「知り合い」です」

何故かしら「友達」とは 紹介したくなかった(うらぁ!←黒狐)

渋渋、合点を得る
板切れを(はつね)自身の背後に放る、はつねを見留めて
すずめが 黒狐に謝罪する

「、ごめんなさい」

お前の事か?!
其れとも 此(こ)の女の事か?!
思う節(ふし)に噛み付かんばかりの形相で 顔を上げる
黒狐に すずめは直様(すぐさま)、頭を下げる

「、私の事も」
「、はつねさんの事も」

「「はつね」?」
「此(こ)の女「はつね」って 言うのか?」

眼も合わせず指を差す 立ち上がり掛ける
黒狐の (はつね)自身を指差す手を叩き落とす はつねが素早く仁王立つ

「気安く 他人(ひと)を指 差さない」
「気安く 他人(ひと)を呼び捨てにしない」

「人」であれば至極、当然の事だろう
生憎「神狐」である 黒狐には当たり前の事ではない

況(ま)してや「二度」も 叩かれる等(など)、如何かしている

俺も
お前 (はつね)も

刹那、すずめの耳に
黒狐が奥歯を噛み締める 不穏な音を届いた

「ごめ、!」

せめて 自分が平身低頭に謝って
其(そ)の場を収めようとする すずめの思いとは裏腹
はつねの 喧嘩腰な態度は止まらない

「貴方(あんた)は?」
「貴方(あんた)は なんて名前なのよ?」

名乗りません、此(こ)の「神狐」!
名乗らないんです、「神狐」だから!

一度、抜けた腰は如何にも 力が入らず
はつねの足に縋り付き はらはらする、すずめを余所に
怒髪天を衝く黒狐は、つんつん頭の毛先 迄(まで) 震わせて唾を飛ばす

「「さ狐(こ)」だ!」
「俺の 名は「さ狐(こ)」だ!」

名乗るんかーい!

と 突っ込む すずめが心做し 脱力する頭上で
黒狐と対峙する無表情の はつねが嘘のように、にっこりと頬笑む

「「さこ」ちゃんね」

「「さこ」ちゃん」
「女の子には 優しくしてね」

直後、眼ん玉を引ん剥き
何(なん)とも言うにも言えず 顎が外れる程(ほど)、口を開(あ)ける
黒狐が、どっかと腰を下ろす

然うして 胡座を掻く
膝に 頬杖を突く黒狐は 面倒臭くなったのか、すずめを促がす

「、で?」
作品名:狐鬼 第二章 作家名:七星瓢虫