狐鬼 第二章
「戻ってくる気もねえし」
「帰ってくる気もねえし、そーゆーこった」
其れは 癖なのか
つんつん頭を維持する為(?)、後頭部を両の手で掻き上げる
黒狐の目前 すずめが矗(すっく)と立ち上がる
「そ“ん“な“の“、う“そ“よ」
「そ“ん“な”の“、し“ん“じ“な“い」
濁音で詰め寄せる
すずめは涙を堪えるように目を閉じ 歯を食い縛っている
「う“う“…、う“」
何とも言えない様子に黒狐は ドン引く
如何にも疑わしい
此奴(すずめ)が「巫女」なのか、如何にも疑わしい
嘘か実(まこと)か
疑惑の眼を向けても何(なん)の意味もない
其れと同じ
「う“そ“よ」と 無駄に力説された所で
「真実」を曲げる事は俺にも お前 (すずめ)にも出来ない
「抑(そもそも)、そんな暇ねえんだよ」
舌打ちして 外方(そっぽ)を向く
泣いている暇 等(など) ない
(闇の)「門」を潜った先は「狐鬼」の世界だ
全ての魔を統べる「狐鬼」
其の手に触れれば「神狐」さえも統べる事の出来る「狐鬼」属性の世界だ
外方(そっぽ)を向いたまま
紫黒色の 細い眼を伏せる黒狐が打ち明ける
「俺は、みや狐を連れ戻しに来たんだ」
直様(すぐさま)、反応する
薄(う)っすら開(ひら)く瞼の隙間から 黒狐の足元を窺(うかが)いながら
すずめは 耳を傾ける
「本意を云えば」
「俺は 未来永劫「巫女」等(など) いらねえ」
つんつん頭同様
先の尖った ごつごつの作業員(エンジニア)深靴(ブーツ)で
浜辺の砂を蹴り上げる
然(しか)し
「相手が「狐鬼」じゃあ 話は別だ」
台詞(セリフ)で察する
後(のち)の展開に「皆(みな)まで言うな!」と ばかりに顔を上げる
すずめと顔を見合わせる 黒狐は「なんだ?」と 思うが洟(はな)も引っ掛けない
其の 光すら経つ
紫黒色の眼が、すずめの藍媚茶色の眸子(ひとみ)に映る
硝子玉の如く眼球を細めて 若気(にやけ)る黒狐が「皆(みな)まで言う」
「今から お前は俺の「巫女(もん)」だ」
見詰めるも 決して覗き込まない
覗いたら最後、魅入られる
此処ぞとばかり(?)
「神狐」の真面目を発揮するも隠す気もない傲慢さ故、裏目に出る
明白(あからさま)な 嗤笑(ししょう)
不快 というよりも
不躾な物言いに、すずめは脊髄反射で断わる
「嫌です」
「?!?!?!はぁああ?!?!?!」
「お前、巫山戯んなよ!」と、即座に襟首を掴み上げる
黒狐相手に「秒」で回心する、すすめが「ごめ、」悔い改めようとするが(笑)
文字通り、頭髪が逆立つ黒狐は止まらない
「高(たか)が「人間」の分際で」
「此(こ)の俺(様)に 歯向かうんじゃねえよ!」
「下等があ!」
耳を劈(つんざ)くような怒鳴り声と
自身の鼻先に迫る
牙のような
八重歯のような 黒狐の歯を凝視しながら、すずめは辟易する
「狐鬼」にしても
「神狐」にしても 紙一重
以前に
「ダチ」だから
みや狐の「ダチ」だから そう思うのに
「此の狐(こ)、言い過ぎだわ」
と、いう自分以外の「誰か」の 声に背中を押された結果、すずめは反論する
「、その人間に!」
「、その人間に「巫女」になれ!って 言ってるのは何処の何奴(どいつ)よ!!」
尚(なお)も襟元を掴み上げる
黒狐の手を我武者羅に引き剥がす、すずめが頭(かぶり)を振る
「!身勝手も好い加減にしてよ!」
肩で呼吸する
すずめを心底、ウザそうに見遣る
黒狐が 自身の腕を摩(さす)り上げながら宣(のたま)う
「身勝手で結構」
口は悪いが(口)喧嘩は好きじゃない(え?)
途端、調子を下げる
「高(たか)が 人間」
「然(さ)れど 人間」
皮肉も皮肉
皮肉も引っ繰り返せば 世辞になる
「中中 如何して、侮(あなど)れねえよなあ」
全ては 御伽噺
全ては 半信半疑
黒狐にとっても老神狐達が語る、昔話に他ならない
「狐鬼も」
「半分、人間「様」だから侮(あなど)れねえんだなあ」
到底、思い掛けない言葉に
顔を向ける すずめが問い掛ける
「、半分?」
「、半分は 人間なの?」
「(長老狐達から)然(そ)う、聞いてる」
あっさり頷く黒狐に すずめは更に問い掛ける
「その「半分」は なに?」
「その「半分」は人間としての、なに?」
問い掛けながら
『幼い僕にとって 親代わりのような存在だったんだ』
『その 意味が分かる?』
『その 悲しみが分かる?』
何処 迄(まで)も優しい
少年(たか)の声が耳の奥で谺(こだま)する
最早(もはや)、黒狐の返事 等(など) 聞こえない程
抑、黒狐の返事は「知るか」だったので聞く必要もない
軈(やが)て
「、あの」
と、すずめは 決意する
と、いうよりも
端(はな)から其のつもりだったのに
真逆(まさか)の 脊髄反射で稚児(ややこ)しい遣り取りになった事を
反省しつつ 見上げる黒狐の顔面は不思議な程、無表情だ
「何事だ?」思う 自分と目線も合わない
合わないのも当然
黒狐の 視線は自分の頭上を飛び越えている
細(ささ)やかだが身構える すずめが思い切って振り返える
背後には(手頃な)棒切れ?
板切れ?を 決死の形相で振り上げる、はつねの姿が其処にあった
其の はつねのいう事にゃあ
「!!!すずめええ!!!」
「!!!!逃げてえええ!!!!」