狐鬼 第二章
24
繰り返えし
繰り返えす
空と海の境界線
水平線の遥か、ストロボのような朝日が昇る
砂浜に一人、流木に腰掛ける
すずめの頬を波飛沫に湿(しめ)る潮風が濡らす
自分は 白狐を覚えている
自分は 白狐を待っていてもいいという、証拠なのだ
自分勝手だけど
自分勝手は 御違い様だ
朗朗と自分の名を呼ぶ
翡翠色の眼を持つ 白毛の「神狐」
其の「神狐」は
自分に別れを言いに戻ってくる筈なのだ
喩(たと)え 永(なが)の別れだとしても
すずめは待っている
然(そ)うして
頭を抱えて 俯向(うつむ)く
本当は 分からない
みや狐が如何やって
巫女(ひばり)の居場所を突き止めたのか?
其れは 何時?
其れは 何処?
みや狐一人で行く理由が分からない
「媒体」の自分を残して 行ける理由が分からない
「、分からない」
本当は 分からない振りをしている
自分は「巫女」じゃない
自分は みや狐の「巫女」じゃない
助けられてばかりで
何の 助けにもならない自分が「巫女」等(など)、烏滸(おこ)がましい
巫女(ひばり)の事にしても
ちどりの事も、哀れな幼女の事にしても自分は 役立たずだ
堪(たま)らず 目をぎゅっと瞑(つぶ)る
せめて 涙を零(こぼ)す事だけは我慢したい
瞼を閉じる 毎晩、願う
何も彼(か)も受け入れて眠って眠って 眠る
瞼を開ける 毎朝、願う
傍(そば)に みや狐にいて欲しい
然(そ)う 願うのは我儘なのか
屹度(きっと)、然(そ)う 願うのは我儘なのだろう
其の証拠に今朝も今も みや狐の姿はない
と、潮騒(しおさい)に顔を上げる 前方
此(こ)の髪型は「マッシュウルフ」と でもいうのだろうか
其の 後頭部を上手い具合逆立てる
海原に臨(のぞ)むように仁王立つ「人物」がゆっくりと振り返える
其の 透いた肌の白さといい
其の 人並み外れた顔立ちといい
其の 光すら断つ 紫黒(しこく)色の眼が硝子玉の如(ごと)く 映る
終(しま)いには
其の 頭髪を前へ前へと垂らし、『更に其の顔を隠そうとする』
『さ狐(こ)みたいで、面白い』
其れは 名前なのか?
「さ狐、?」
彼(あ)の日の白狐に聞き返えすように
目の前の「人物」に尋(たず)ねる すずめの声は上擦っている
「けっ」と 一蹴するや否(いな)や 一直線に向かう
ぽかんとした顔で見上げる、すずめを見下ろす「人物」が吐き捨てる
「「名」を呉(く)れる訳にはいかねえ」
、え?
「取り敢えず」
「俺は「みや狐」の友達(ダチ)だ」
、「ダチ」さんと呼べばいいんですね?
(此の状況で)
如何でもいい事を思考するのは現実逃避故なのか
其れでも紫烏色(しうしょく)の つんつん頭から察する
差し詰め「黒狐」なのだろう、と 認識する
牙のような
八重歯のような歯を口角から覗かせる
黒狐が至極(しごく)、面倒くさそうに物問(ものと)う
「アンタ、みや狐の「巫女」だよなあ?」
、みや狐の?
、巫女?
二つの質問に
すずめはなんと答えればいいのか 返答に困る
「みや狐の?」と、いうのであれば
自分は「ひばり」の代わりであって其れ以上でも 其れ以下でもない
ならば「巫女?」なのか、と いわれれば「否」だ
「否」だが 阿煙の件(けん)がある
一概に「違う」とはいい切れないのも 現実だ
然(しか)し 彼女の返答 等(など)、待つ気のない
黒狐は 勝手に話を進めていく
「マジ (闇の)「門」を潜(くぐ)っちまったのか?」
「マジ 意味不(明)」
呼んだのか?
呼ばれたのか?
然(そ)う ぶつぶつ言う
黒狐が すずめの隣、流木が圧(へ)し折れる勢いで腰を下ろす
実際、軋(きし)む流木が数センチ 沈んだ
「つか なんの為に?」
後頭部を掻き上げる
黒狐が鼻に皺を寄せて押し黙るので
仕方なく、すずめは説明する
「そこに、みや狐の「巫女」が いるんです」
途端「はあ?」と いう也(なり)
(常人外の)整った顔を向ける相手に、すずめは慌てて目を伏せる
「神狐」特有なのだろう
覗いたら 覗かれる
覗いたら 魅入(みい)られる
其れでも
「「巫女」は オタクだろ?」と 自分 (すずめ)を指差す
黒狐の行動を視界の端に捉えて 答える
「私は…、「巫女」じゃないです」
「私は…、代わりの「巫女」をしただけです」
然(しか)し 白狐に置いて行かれた今 「巫女」だったのかも怪しい
、私…
、私 やっぱり…、足手纏(あしでまと)いだったんだなあ
次第に項垂れていく
すずめに構う事なく 黒狐が疑問を投げる
「で、なんで潜(くぐ)った?」
今度は すずめが「はあ?」と、言い掛けるも
相手は(斯(こ)う見えても)「神狐」様だ と思い直し再度、繰り返えす
「そこに、みや狐の大切な「巫女(ひと)」がいるからです」
強めの口調になるが
自分以外の誰かが「此の狐(こ)には 此(こ)の位が丁度いい」と、肯定する
自分以外?
馬鹿馬鹿しい、そんな事 有り得ない
抑(そもそも)、此の「誰か」は誰なのだ?
思えば、ひばりの屋敷に乗り込んだ時にも 此(こ)の「誰か」を感じた
舞台(ここ)は 彼女(ひばり)の場所
舞台(ここ)は 入ってはいけない
然(そ)う 忠告する
此(こ)の「誰か」は自分であって
此(こ)の「誰か」は自分でない
「っ、くっだらねえ(!)」
言うや否や是又、勢いよく立ち上がるので
再び揺れる流木に ふらつき手を突く、すずめは聞き返えす
「、何がですか?(!)」
二度、訊(たず)ねたのはそういう意味か
聞き捨てならない
「誰か」ではない自分自身の感情が強くなる
「「下(くだ)らない」って、何がですか?!」
「みや狐は、」
「みや狐は「巫女(ひばり)」が大切だから、」
幸(さいわ)いにも背を向ける
「神狐」に魅入られる事なく思いの丈をぶつける
「そんな事も理解しないなんて」
「そんな事も理解してくれないなんて」
「黒狐(あなた)、本当にみや狐の、」
「友達(ダチ)なんですか?!」と いう言葉は
黒狐が盛大に吐き出す「!!!けっ!!!」と いう嘆息に掻き消される
吃驚(びっくり)して目を丸くする すずめは
当たり前だが目の前の「人物」は恐れ多い「神狐(様)」なのだ
と、我に返って身体を強張らせる
みや狐じゃない
みや狐じゃない「神狐」なのに
下手したら殺される
みや狐でさえ
みや狐でさえ(巫女(ひばり)の為に)自分を殺そうとしたのに
現在〜(から)
彼(あ)の外縁一面に広がる着物の川までの画面が
キュルキュル 高音を立てて巻き戻る映像録画の如(ごと)く、過ぎる
頭顱(とうろ)の中に 黒狐の声が鳴響(ひび)く
「だから?」
「だから 一度切りの「命の珠(たま)」を見す見す捨てるのか?」
、え
、なんていった?
恐怖よりも 勝る
聞き逃したような
聞き逃したような、あやふやな状態のまま
すずめは黒狐の 次の言葉を待っている
相手(くろこ)も相手(くろこ)で
先程とは一転、静かになる
すずめを訝(いぶか)しがるも軈(やが)て振り返えり 付け足す