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狐鬼 第二章

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上も下もない漆黒の中

其処だけ
此の部屋だけ

僅かな光が射し込む箱庭のように存在する

天蓋付きの寝台に横たわる
少女の其の瞼は微動するも固く閉じられたままだ

寝台脇の、机に置かれた真鍮製の三灯蝋燭
灯る蝋燭の炎がちらちら

少女の横顔を天蓋から垂れる
白磁色の透ける生地越し、仄かに照らす

傍(かたわ)ら
気配もなく佇立する「影」は只管(ひたすら)、願っている

少女の目が開かれる事を
少女の側に置かれる「其れ」の目が開かれる事を願っている

自分の中に無い「モノ」を
少女の中に有る「モノ」を知りたくて今日も只管(ひたすら)、願っている


漆黒の廊下を進んでいく

幾分、細身のしなやかな肢体が颯爽と歩く度
少し癖のある黒緑色の髪が優雅に跳ねる

彼が目を遣る漆黒の窓外、窓枠に手を掛けて微笑(わら)う

「いい天気だね」

至って他愛のない冗談

彼(あ)の日以来
尻尾を巻いて逃げた(笑)彼(あ)の日以来、何処となくつれない
相手(第三眼)の御機嫌を取る訳ではないが

唯一の話相手だ
互いには互いしかいない上、少年には吐き出したい事柄があった

暫し返答を待つも
無反応を決め込む第三眼に対して仕切り直しを試みる

「最近、太った気がして…」

堪らず己(おのれ)の目玉を転がす
第三眼に顔があれば「苦虫を噛み潰したよう」な表情を浮かべていただろう

「お望み通り「魔」になるよ」と、吐(ぬ)かした割には
未(いま)だ女女しい(おっと失言)人間臭い感情を垂れ流す少年に対して
内心、悪態を吐(つ)く

覗くだけ覗いて
自分勝手に傷付いてたら世話ねえわ

彼(第三眼)の悪態は
一体の彼(少年)にも筒抜けなのだが気にする風もなく
挙句もう一言、二言宣(のたま)う気配に心底、萎える第三眼が其の気配を捉える

漆黒の廊下の果て
抑「果て」が存在(あ)るのか甚だ疑問だが
漆黒の廊下の果てに佇む、其の身の通り其の名の通りの「影」がある

愉快に尻目を細める第三眼が告げる

「 「影」の御出座(おでま)しだー 」

漆黒の窓外から顔を動かす
少年が意外とも当然とも何方(どちら)とも汲み取れる
黒目勝ちの目を見開いた後、和(にこや)かな笑顔を浮かべた

「果て」で「影」が佇立する意味は唯、一つ


天蓋付きの寝台に横たわる
少女と「其れ」を眺めて口端(こうたん)を釣り上げる
少年が緩(ゆる)りと(寝台の)足元のフットベンチの上に胡座を組む

上も下もない漆黒の中で
僅かな光が差し込む箱庭のように存在する

其処(寝台)だけ
其処(寝台)だけに留まっている

命が

「何時(いつ)迄、人形でいるつもりなの?」

「何時(いつ)迄、人間でいるつもりなのか」
自分(少年)に問う自分(第三眼)の声(トーン)が余所余所しいのは
愈愈、洒落にならないからかも知れない

其れでも自分(少年)は振り返らずにはいられない

「阿煙(あえん)は優れた「魔」だった」

過去形なのが寂しい、と自身の肩を無意識に抱(いだ)く
少年が誰に聞かせるともなく、誰かに急かされるかの如く吐(は)き出す

「優れた「魔」故(ゆえ)に巫女の気配を感じていた」
「或(あ)る場所に」

震える睫毛(まつげ)を伏せる
少年が「君(ひばり)と出会う前」と呟やく
其れがすずめとちどりの住む「街」だ

「巫女の影に神狐の姿 有(あ)り、だ」


月白色の狐火を自ら身に纏い
幾つにも分かれ伸びる尻尾を主人である、巫女の周囲に張り巡らせる

伸びた髭を震わせ、翡翠色の眼で人人を睨め付けては
深く裂ける口元を歪め鋭く尖る牙を剥く

其の姿は正しく、白狐


彼(あ)の夜の
途轍(とてつ)もない高揚感の記憶に少年は戦慄(わなな)く


何年だ?
何十年か?
其れとも何百年か?

条件に合う神狐を見付ける迄、何年待っていた?


俯(うつむ)く「神」が居なくては「巫女」にはなれない
仰(おあ)ぐ「巫女」が居なくては「神」にはなれない

何より


二つの命の珠が
一つになる程、愛し合っている巫女と神狐


僕は待っていた
お前のように道を外れる神狐が再び、現れるのを待っていた

ずっと


其れなのに

今も尚、横たわる少女に視線を投げて顔を歪める
少年は「此の様(ざま)だ」とぼやくのを堪えて阿煙の話を続ける

「けれど、神狐所か巫女の一人もいなかったっけ」

阿煙は耄碌(もうろく)した、と自嘲していたが
然(そ)して其の後、ひばりに白羽の矢が立ったのは言うまでもない

途端、声を上げて
身を捩りながら笑い出すも何一つ、面白くはない

其れは第三眼も同様だった

「違う違う」

「巫女はいたんだよね」
「阿煙は間違ってなんかいなかったんだよね」

此の「嫌悪感」は何だ
すずめが「巫女」だと思うだけで湧き上がる、此の「嫌悪感」は何だ

「まんまと騙されたんだよね」

阿煙を消し飛ばした、彼(あ)の光
彼(あ)れは矢張り、すずめの仕業だったのかもしれない

「 (だが、)退くのが俺的には賢明だ 」

第三眼の言葉通り
受け入れざるを得ないのかもしれない

愈愈

各各の「時」を満たし
各各の「役割」を満たしたのかもしれない

「しれない(×3)」ばかりで好い加減、うんざりする

矗(すっく)と立ち上がる
少年が天蓋から垂れる白磁色の透ける生地に広げた指先を滑らす

寝台脇の、机に置かれた真鍮製の三灯蝋燭
灯る蝋燭の炎がちらちら

仄かに照らす
少女の顔を墨墨(まじまじ)と覗き込む

ついと
血の気の失せた白い肌を(甲側の)指で撫でる

頬が震える
睫毛が震える

其の様子に少年が微笑(わら)う

「僕は騙せても「影」は騙せないよ」

ゆったりとした、低い声の心地良さとは裏腹
漸(ようよ)う瞼を開(あ)ける、少女は心地悪しさに身体を丸める

と、自身の腕に触れる「其れ」を声も出せずに見詰める

「御土産だよ」

寝台の端に腰を掛ける
少年が黒い毛皮を纏(まと)う「其れ」の額(でこ)を擽(くす)ぐるが
ぴくりとも動かない

「気に入るといいけど」

然う、付け足す
少年の言葉に少女は、ぴくりとも動かない「其れ」を抱き抱える

白い肌が一層、青白い

身体を起こす少女の傍(かたわ)ら
身体を傾(かたむ)ける少年が眉を落として訊ねる

「酷く顔色が悪いね」

「どうしたの?」
と 触れようとした瞬間、掠れる咽喉(のど)を鳴らす
少女の呼吸が途切れ途切れになる

然(そ)うして「闇」に控えていた「影」が
然(そ)うして「巫女(少女)」に仕えていた「影」が
背後(うしろ)から其の痩せた両肩を抱(いだ)く

何とも不可解な現状に

「どうしたの?」

再度、訊ねる少年が「影」を見遣る

当然「影」の返事はないが
当然のように同体である第三眼が浮き浮きで答える

「 面白え〜 」
「「媒体(あるじ)」が変わるぜ〜 」

「神狐」には「巫女」しかいない
「巫女」には「神狐」しかいない

互いが互いの、唯一無二の「媒体(あるじ)」となる

筈?
と、第三眼の言葉に首を捻(ひね)る少年に向けて
其の意味する所を理解している「影」が「離れろ」と言わんばかり
自身の手の平を翳(かざ)す
作品名:狐鬼 第二章 作家名:七星瓢虫